その日も同じように、二人が来ないだろうという時間に来て、きみとの時間を過ごしたあと、病室を出た。
だけど、売店の前を通ったときに、呼び止められてしまった。
「輝くん?来てくれていたの?」
きみのお母さんだった。
売店のコンビニで買い物をしたところらしい。
普段はこんな時間に病院には来ないのだが、今日は仕事が早めに終わったのだそうだ。
「今、ちょうど、帰るところです」
「毎日ありがとうね。どう?輝くんのこと、思い出してくれそう?」
きみの顔にそっくりなお母さんは、眉間にシワを寄せる。
その眉の寄せ方すらもきみにそっくりだ。
「輝くん……?」
また、余計なことを考えてしまった。
違う。
今はお母さんときみの顔を比べているところじゃなくて……。
「無理そうです。凛は、俺のことを完全に覚えていません」
お母さんはうつむいた。
悔しそうに唇を噛みしめる。
「けど、俺なら大丈夫です。少しずつ打ち解けてきてくれているんですよ」
きみが俺のことを思い出せなくても、それでもきみを愛してる。
気持ちが伝わったのか、きみのお母さんは、温かい目で俺を見てくれた。
「輝くん。あんな娘だけど、凛のことこれからもよろしくね。娘を幸せにしてあげてください」
「当たり前です」
お母さんを安心させるように、笑った。
「じゃあ、俺はこれで」
お母さんに頭を下げて、お暇しようとしたときだ。
「あれ?凛のおばさんじゃん」
背後から、青年の声がした。
聞き覚えない声なのに、何か嫌な予感がして、振り向いた。
お母さんは見かけない青年に困惑顔。
「え、あの……」
「あ、長いことあってないから、分かんないか。俺、一時期隣の家に住んでいた。井上洸太(いのうえこうた)です」
途端にお母さんの口と目が開かれる。
「やだ、洸太くん!?」
こうたくん?隣の家?
何かが引っかかった。
「えー今いくつなの?かっこいいお兄ちゃんになっちゃって」
「今23です」
俺たちより2つ上。
……初めて会う気がするのに、どこかで聞いたことがある。
「じゃあ今は働きに出て社会人??」
「いえ、俺は医学部なのでまだ学生です」
こうたくん。隣の家。2つ上。
あ、と思った。
以前、きみが話していたじゃないか。
俺に出逢う前、好きだった初恋のひと。
ずっと、小さい頃から持ち続けていた宝物に触れるみたいに、大切に、きみはその名前を呼んだじゃないか。
『こうたくん』って。