翌朝、紅葉さんは目を合わせてくれなかった。

 たくさん聞きたいことがあったのだけど、おもむろに「何も聞かないで」といわんばかりのオーラを出されたら何もいえない。


「紅葉さん」

「……なに、かしら?」

 怯えるような小さな声。

なんだか、あたしが一人でオトナみたいだ。


「今日は、一人でやってみますね」

 にこっと笑って、あたしは紅葉さんより一歩先に進んであのチョコ色の扉を目指した。


「失礼しまーす」

 アイツの部屋に着くと、そこには主任も晴海さんいて、かなり驚いた。

戸惑うあたしと紅葉さんをよそに、アイツはアンティークな椅子に長い足を組んで座っていた。


 主任がペコリと腰を折ると、アイツはニッと口端を吊り上げる。

真夜中の弱弱しい視線はいずこ、まるで野獣のごとく。


 この部屋に着くと、アイツが起きていたことなんて一度もない。

それとも、あの『箱庭』のことが主任たちにもバレてしまったのだろうか。


 あたしは誰かに話すつもりはないんだ。


「愛子」

 掠れたハスキーな声の主が、あたしの名を口にした。

文句も言いたい気持ちをぐっとこらえる。


「おい、愛子」

 無言を通していたあたしに、主任の目が光った。

しぶしぶ、マニュアルどおりに答える。


「ハイ、なんでしょうか?」


 そんな返答さえ、アイツには予想内だったのだろうか。

くっくと喉を鳴らす笑い声が、やけに耳につく。


 キッと睨み返した瞬間だった。