ボスンと鼻からぶつかり、思わずよろけそうになって目の前のナニカを手に掴む。

するりとした感触から衣服のようで、きっとまた誰かにぶつかってしまったんだ。


 このお屋敷内でそんなことがあろうコトなら、主任のお怒りは免れない。


「ご、ごめ……っ」

 慌てて腰を折ろうとしたあたしの耳に、小さな声が届く。


「あ、ごめんね」

「え……?」


 それはデジャブみたく、すぐには信じられなかった。

そしてゆっくり顔をあげると、柔らかい瞳が見開いていた。


「あれ、君……涼原さん?」

 今日会ったままの『彼』がいた。


「ど、どどどうして、ここに……っ」

 驚きを隠せなくって、けれど、どこか嬉しくもあって。

ぽーっと頭が厚くなりそうだった。


 手にしていた書類を手放してしまわないように握り締めているのが必死で、どうにも口ごもってしまう。


わたわたするあたしに、また優しく笑う『彼』。


「どうしてって、ここ僕の家だし?」


 ────へ?


「あ、愛子さんっ」

「ああ、紅葉さん。お久しぶりです」


 あたしの騒ぐ声が響いてしまったのか、下から駆け上がってくるのは先輩の紅葉さん。

きょとんと見つめるものの、紅葉さんはペコリと『彼』に向かって頭を下げた。