「葉山さん、葉山さん」
俺は自分の名前を数回呼ばれ、ハッとして我に返った。こんな所で我を忘れるなんて・・・
「せ、宣伝よろしくお願いしますね」
その場を作り笑顔で取り繕い、再度宣伝の依頼をして自分の店に戻った。
客が来ないといっても、長時間店を留守にしておく訳にいかない。いやそれより、広田さんの指を見詰める自分が怖かった。
高揚感と陶酔感に浸る自分自身が――
広田さんに宣伝を依頼したものの、やはり午後からも来店客はいなかった。そんな簡単に宣伝効果は無い。
15時過ぎ──
暇をもて余していた俺は、カウンターに座っておく事が退屈になり、指輪作りを始めようとして立ち上がった。
その時、ガチャリと店の扉が開いた。扉付近に目をやると、2人組の若い女性が入って来た。
「いらっしゃいませ」
慌ててカウンターの方に向き直した俺は、営業スマイル全開で挨拶をした。
店内を見回した2人は奥まで歩いて来て、カウンターのショーケースを覗き込んだ。
「ねえ、お店の人がしていた指輪ってこれじゃない?」
「こんなに綺麗なのに、2万円だって。どうする?」
2人の会話内容からすると、広田さんがブティックに来た客に店の事を紹介してくれた様だった。



