「ヨシは薄情だなあ、涼子の兄貴だろ?」
「うるせえ、好きにしろ」
今日のコウちゃんは引き下がることを知らないらしい。呆れたヨシ兄はドアの向こうへ、と思ったら振り向いた。
「涼子、行くぞ」
つんと口を尖らせて、今度こそ玄関へ向かう。
コウちゃんが口元にゆるりと弧を描いて、私へと手を伸ばす。
「ほら、行こう」
「え? ほんとに行くの?」
予想しなかった展開にあたふた。手から溢れたシャーペンが勢い余って、い草カーペットの上へと転がり落ちていく。
引き止めようと伸ばした手に、コウちゃんの手が重なった。大きくてゴツゴツしてるのに意外と柔らかい。
「悪い」と言って、コウちゃんの手が離れていく。
「涼子! 早くしろ」
しびれを切らしたヨシ兄の声が、暑苦しさを思い出させた。
「はぁい、今行くってば」
「相変わらず、せっかちだなあ」
「だよね…」
「コウ、聞こえてるぞ!」
私たちが小声で話してるのをすかさずキャッチしたヨシ兄が、リビングのドアの陰から顔を出す。サンダルを履いたまま床に這いつくばって、わざわざ覗きにきたらしい。
まったく面倒くさい兄だ。

