【短編】脇役少女は時を舞う

「平、助くん」

なぜかびしょびしょの平助くんが息を切らして立っていた。

初めて雨が降っていることに気がついた。
夕立だ。

「何してんだよ!風邪引くだろ!」

「良いの」

「は?…何で、泣いてんだよ」

平助くんが私の顔を見て目を見開く。

「平助くんこそ、風邪引くよ」

「お前を迎えに来たんだろ」

怒ったように言う平助くんに、また涙腺が弛む。

「私が居なくても誰も気づかないよ。ほら、平助くん。私は良いから。皆が心配するよ」

懸命に笑顔を作っていたはずなのに、平助くんの顔は険しいまま。

「音がいなくても心配する」

「ううん。紗菜が、待ってるから。平助くんは先に帰ってて。私はもう少し一人で考えたいことがあるから」

いつも笑顔な平助くんが笑わない。
安心させるように、また笑顔をつくる。

「大丈夫だよ。何ともないから」

「何ともないやつが泣いて出て行くわけねーだろ!」

突然、ぐいっと引き寄せられた。抱き締められている。

「辛いなら、笑わなくていい」

あぁ、また。
ダメだと思っているのに涙が溢れてしまう。

「紗菜は、私が笑ってないと心配するから」

「ここに紗菜はいない。だから…我慢するな」


口が勝手に言葉を紡ぐ。

「みんな私を要らないの、お母さんも友達も私を好きじゃない、真面目だねって優しいねって誉めてくれるのにいつも皆つまんないって居なくなる。紗菜が、紗菜がいい子だから私をみんな忘れる」

箍が外れたように言葉が溢れてくる。

「小さい頃は紗菜は私がいないとダメな子だった。今はもう違う。紗菜は何でもできるのに、私には真面目しか取り柄がなくて、そう言われる度にっ、つまんないって言われてるみたいでっ…」

平助くんの腕の力が強まった。
温かい。

「私は、ここにいるのに。気づかないの、誰も。忘れ、ないで欲しいの……」

支離滅裂なことを言っているのは分かっている。

でも、抑えられなかった。

「大丈夫」

平助くんが、私を強く抱き締める。

「俺はずっと、音しか見てない」


くぅ、と声が漏れた。