勇者様と恋人宣言―アラサー勇者は恋がしたい―

「誰かー」
その時だった。後ろから声が聞こえた。


振り返ると、100メートルくらい先で寮母のおばちゃんが手を振っている。


「寮母さん?」
イレーネは首を傾げた。


「どれ」
気付くと横には筋骨隆々の大男がいた。
部隊長だ。


部隊長は息を吸う。
「どうしたー!!」

ビリビリと空気が揺れ、目の前に落ちてきた葉は霧散した。

ものすごい音量だ。


「ど、泥棒が……」

おばちゃんが言い終わらないうちに部隊長は走っていた。
というか、これまたものすごい早さでおばちゃんの横を駆け抜けていた。

これで魔法は一切つかっていないらしい。

「任せろよー!!」

そう叫び声が聞こえたころには部隊長は見えなくなっていた。


規格外にもほどがある。
私は呆気にとられ、何もできなかった。


最初に動いたのはイレーネだった。

「わたしたちもいかないと!」
イレーネは私のローブを引っ張る。


その言葉にはっとする。


そうか、向こうには武器庫がある。
もしも、あの剣が盗まれたら……外交問題。

ましてや、軍属である人間がそんなことをしたらどうなることか。

下手すりゃ戦争。
よくて私の頭と体が永久にさよならすることになるだろう。

まだ死にたくない!
せめて一度ぐらい恋してから死にたい!


それに、それを手伝ってしまったイレーネだってただではすまない。

私ひとりの問題ではすでにないのだ!


「俺も……」


「お、おばちゃんのことは、アンタに任せたわ! ヴィクトール!」
慌てたせいで声が上擦る。
平常心。平常心。

取り敢えず、付いてきそうな馬鹿を引き離さなきゃ。