戦慄のクオリア

「どけぇー」
足が遅い人、体格の小さい人は押し倒され、踏まれ、蹴っ飛ばされる。だが、どんなに人より早く前に進んでだとしても彼らは出口に向かっているわけではない。
 恐怖心から意味も分からずに動いているだけだ。だから、簡単に銃の餌食になる。廊下に押し寄せていた人の波は消え、代わりに死体の山が埋め尽くした。
「もう、いやぁ」
「しっ」
逃げては殺されると悟った二人の女子と一人の女教師は空いている教室に入り、身を寄せ合っていた。
女子生徒の一人は目に涙を浮かべ、今にも大声を上げて泣き出してしまいそうだ。其れを気丈に振舞っている女子生徒が何とか宥めようとしている。今、大声を出されて、見つかると殺されてしまう。だが、見つかるのは時間の問題だった。
「もういやぁ。何でこんな事になるのよぉ!どうして私が殺されなきゃいけないのよぉ」
 恐怖で正常な判断ができなくなった女子生徒は泣きじゃくり逃げ出そうとした。
「ダメっ」
 敵に背を向け、殺されそうになっている友人を助けようとした生徒を教師は押し倒した。教師の上を数発の銃弾が飛んでいき、友人は倒れた。
 床に血の海ができていく。
「あっ、あっ、あっ」
 もう限界だった。此れだけ目の前で知人の死を見せられて、正常でいることなんてできなかった。
「先生が、敵を抑え込むから、其の間に逃げなさい」
「先生・・・・何をっ」
「うぁぁぁぁぁぁぁ」
女教師は震える体に鞭を打って走り出し、武装した男に抱きついた。
「先生っ!」
「逃げなさいっ!早くっ」
「でも・・・・」
「行きなさいっ!」
女教師に急き立てられように女子生徒は友人が向かおうとして殺された出口に足を向け、走り出した。
背後で銃声がした。其れが自分を助けた女教師を殺したものなのか、其れとも何処か別の所で、誰かの命を奪ったものなのか、彼女には分からなかった。
たくさんの銃声を近場で聞いた。たくさんの人が目の前で死んだ。聴覚も視覚も思考も、現実から逃避するように其の機能を停止している。だが、機能していないはずの目からは止めどなく涙が零れる。