戦慄のクオリア

 レイチェル。彼女が生きていれば、此の状況をどう思うだろうと、アダーラは考えた。だが、其れは考えても仕方がないことだと思い直した。レイチェルは既に死んでいるのだから。
アダーラは肖像画に背を向け、歩き始めた。奈落の底に通じる回廊を。後悔はない。全ては我が、信念の為。喩え、幾重の血が流れようとも。其の全てを背負う覚悟が彼にはあったのだ。


 「良い月夜だね」
またもや体育館を抜け出し、窓辺に腰を下ろして、月を眺めていたスカーレットの元に一人の男がやって来た。
 警戒をするスカーレットの男は自己紹介を始めた。
「俺はエヴァネンス・アーチャー。三年生だよ。君はスカーレット・ルーフェンだろ」
できるだけ、監視対象との接触は避けるべきだった。自分を認識させてしまうと、監視対象の視界に映りやすくなり、監視が難しいからだ。だが、昼間、廊下で生徒会の人間と笑い合っているスカーレットを見て、話してみたいと思った。同時に、彼女が此の先何を選択するのかにも興味がった。
エヴァネンスは、映画や出し物は特等席で見たいタイプの人間だったからだ。
 エヴァネンスがスカーレットの警戒を解く為に笑顔を作り続けていると、スカーレットからも笑顔が返ってきた。だが、其れは決してエヴァネンスを信用してのものではない。あくまでも、社交的なものだ。其れはエヴァネンスにも分かっていた。伊達に長年、スカーレットを見てきたわけではない。
 スカーレットは愛想がよくて人に好かれやすいけど、本当はとても警戒心が強い。
「人と群れるのはあまり好きじゃない?」
「どうして、そう思うんですか?」
「あまり体育館で見かけないから」
「よく見ているんですね」
スカーレットの警戒心が強まったのがエヴァネンスには分かった。
「君は目立つから」
スカーレットとエヴァネンスの視線が交差する。お互いに心意を探るように見つめ合う。見る人が見れば恋人のような甘いひと時だが、二人の心はそんな甘いものが入る隙はなかった。先に視線を逸らしたのはスカーレットだった。