シエディアオ歴一二年
世界から戦争がなくなり、世の中の調和はなされた。
「戦争はそんなに恐ろしいのですか?」
「いいえ、王子。恐ろしいのは戦争ではありません」
「では、女神様、本当に恐ろしいものはなんですか?」
女神の隣に座っていた姫は身を乗り出して聞いてきた。女神は姫の頭を優しく撫でた。其の時、姫、女神、王子の順で座っていた噴水から勢いよく水が舞い上がった。
「人間です」
王子と姫は首を傾げた。今年で六歳になる二人にはまだ難しい話だった。女神は苦笑した。其れは、何処か悲しげな雰囲気を纏っていた。


ヴァイナー歴五九八年
 ruinが投射されて一二時間が経過した。ボロボロの校舎の中では生徒達が身を寄せ合って現状を嘆いていた。一二時間が経過しても救急車は来ない。
電話は通じない。此れはruinの影響を受けているのかもしれない。テレビではruinが及ぼした影響を報じている。
ノイズが激しいが、死者は二〇〇〇人、負傷者は一〇〇人、行方不明者は一〇〇〇万人を超える。
行方不明者が死者よりも多いのは、瓦礫の下敷きになったり、死体の損傷が激しく、死体の判別ができないという理由もあるが、一番多い理由はruinの火力により死体が消失したからだ。
繰り返し流れる放送が生徒を絶望に押しやった。希望なんて見えてはこなかった。
重症の生徒を病院に運びたいが、そもそも機能している病院がない。跡形もなく消え去った病院は数え切れない程だ。医者も看護師も今じゃあ絶滅危惧種だ。
ジェイドと身を寄せ合って待機をしていたスカーレットの紅いピアスが振動した。グレンからの呼び出しだ。漸くかと思い、スカーレットは立ち上がった。
「スカーレット、何処に行くの?」
恐怖で身を縮ませている人間の中で立ち上がれば目立ってしまうのは当然だ。スカーレットに気づいたレレナが聞いた。スカーレットは面倒だなと思いながら「トイレ」と簡単な嘘をついた。ついて行こうとしたジェイドに此処で待つように伝え、スカーレットは一人、グレンの部屋に行った。
「エレジア連邦の要求はラスールを属国にすることだ。イカルガの解放は単に戦力が欲しいのだろう。ラスールとエレジアの戦力はラスールの方が上だからな。大差はないが、戦争では致命的になる可能性がある」