「どれ、脈を診てみようか、手を出してくれる?」

「あ、はいっ!」

私は、見とれていたことを悟られまいと勢いよく頷き、『シュタッ!』っと、右手を差し出した。

長くて繊細な指先が、私の手首に優しく触れる。

ヒンヤリした指先の感じがとても心地よく、ふんわりと、微かなフローラルのいい香りが鼻腔に届いた。

「ちゃんと、お食事している?」

薫さんは、自分の腕時計に視線を走らせながら、世間話をするようにサラリと問診を始めた。

――そう言われれば、昨夜はお父さんの倒産話で食べるどころじゃなかった。

今朝はティースプーン二杯分のシュガー入りコーヒーを、数口。

それでも頑張って、トースト半分は、たいらげたけど。

ノアールでは、アメリカンコーヒーだけ。

楽しみにしていた昼食は、別れ話で、宇宙の彼方に飛んでいってしまったし。

いつもの食事量からすれば、食べてないに等しいかもしれない。