父親が会社経営をしているからと言っても、篠原家は、別段『セレブ』と言うわけではない。

大豪邸に住んでいるわけでもなく、家は築二十年の平均的な建売住宅。

もちろん、可愛いメイドさんや格好いい執事さんが居るわけでもなく、家事全般は、私がこなしている。

家族構成は、父と一人娘の私。

そして、子供の頃、近所の夏祭りで掬った、ペットのミドリガメの『亀子さん』。

総勢、二人と一匹。

ごく普通の家庭の娘と同じように、庶民感覚の庶民生活を営んでいた、私。

アルバイトをしてお小遣いを稼がなくとも、別に、不自由に感じたことはないことを考えれば、それでもやはり経済的には安定していて恵まれていたのだと思う。

父親の庇護の元に送っていた、慎ましやかな、でも平穏な毎日。

それが、根底から、覆されてしまった。

この年。

二十歳になったばかりの、絵本作家になる夢を叶えるべく、希望に胸をふくらませて大学で日々勉学に励んでいた、四月某日の少し肌寒い夜。

私は、かける言葉もなく、小刻みに震える父の一回り小さくなったような肩を、ただ見詰めていた――。