仮にも、就業時間内に個人的なデートをするわけにはいかないし、その事実を悟ったら茉莉も心から楽しむことはできないだろう。

 自分のために、他人に負担をかけることをよしとしない。

 彼女は若いが、そんなきっちりとした価値観をもった人間だ。

 それに、意外と頑固だし。

 俺は、敵情視察のターゲット。一カ月前に駅の近くにできたばかりのラブホテル『愛の城』のオリエンタル風呂でシャワーを浴びながら、今までの茉莉の行動や表情を思い出して、思わずくすくすと笑いがこぼれた。

 素直に反応して、何事にも一生懸命で、手を抜くことをしらない不器用者。

 日ごとに濃くなっている目の下のクマを見るたびに、『学費や生活費は俺が出してやるから、仕事を辞めて学業に専念しろ』と言いたくなる。

 これは、俺の(おご)りだ。

 一方的に施しを受けるようなこと、茉莉が承知しないと分かっているのに。

 それでも、ふとした弾みに出てしまう疲れた表情を見るたびに、ついつい、そう思ってしまうのだ。

 美由紀の話を聞いたときは、他のラブホテルに敵情視察にきて茉莉が楽しめるのか半信半疑だったが、このプランは大成功だったようだ。

 車の運転を俺がすると言ったとき。

 ホテルの入り口で手を繋いだとき。

 待合室で頬を寄せ合って語り合ったとき。

 髪を乾かしてやったとき。

 口元にエビチリを持って行って食べさせたとき。

 茉莉は、ときにはにかみながら、恥ずかしそうに頬を染めながら、幸せそうな笑顔を浮かべてくれた。

 そのことで、俺自身がこんなに満たされた感覚になるなんて、思いもよらなかった。