掃除と言っても、ソファー周りくらいしか使われていないはずだから、まずは、こぼれたワインをふき取りおつまみセットをワゴンに片付ける。

あとは、水回りと備品のチェックをする。

きっと、そんなに時間はかからないはず。

頭の中で掃除の段取りを組み、さっそくテーブルの上を片付けようとソファーセットへ歩み寄ろうとすると、「掃除はあとでいい」と祐一郎さんに背後から抱き込まれた。

「え? でも、お掃除しちゃわないと……」

「自分が今、どんな格好をしているのかわかっているのか?」

「かっこう……?」

自分の服装に視線を落とし、乱暴に外された制服の前ボタンが目に入りドキリとした。

――やだ、ぜんぜん、気が回らなかった。

ボタンを締めようとするけど、祐一郎さんに抱き込まれていて身動きができない。

「それに、こんなに震えているくせに、掃除なんかできるわけないだろう?」

「震えてなんか……って、あれ?」

――なんだ、これ。

指摘されて初めて、自分の手が小刻みに震えていることに気づいた。

ううん。震えているのは、手だけじゃない。

膝もがくがくと笑っている。

「ごめん。怖い思いをさせたな」

「っ……」

言葉にしたら涙が決壊しそうで、私はただ『ううん』と頭を振った。

ぎゅっと、抱きしめてくれるその温もりと優しい声が、自分でも気づかずにいた凝り固まった恐怖心を溶かしていく。

祐一郎さんのせいじゃないよ。

かつての婚約者だからと、自分にひどいことをするわけがないと、男性客一人だけの部屋に何の警戒心も抱かずに入った私が悪いんだ。

「心配かけて……ごめっ」

謝罪の言葉は、ポトリとこぼれ出した涙が押し流してしまった。