ワインを注ぎ終わったとき、高崎さんが口を開いた。

「ありがとう。見ての通り、連れが帰ってしまってね。一杯だけでいいから、付き合ってくれないか?」

「えっ!?」

予想外の誘いの言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げた。

――相手に逃げられたからって、ここで私を誘いますか、ふつう。

「あ、申し訳ございません。あいにく仕事中ですので……」

そう言ってぺこりと頭を下げて踵を返そうとしたとき、ふいに高崎さんの手が伸びてきて手首をつかまれた。

――えっ!?

突然のことに驚いて、反射的に腕を引いたら『ガチャン』と派手な音を立ててワイングラスが倒れてしまった。

幸い、グラスは割れなかったものの、こぼれた赤ワインが高崎さんの袖とズボンの膝のあたりを濡らしている。

「す、すみませんっ!」

慌てて膝をつくと、セットしたばかりのナプキンで濡れてしまった高崎さんの服を拭こうとするけど、ナプキンは赤ワインを吸っていて使い物にならない。

「今、お拭きしますので、少々お待ちくださいっ」

部屋の中でナプキンの代わりになるものは、ベッドの枕元にセットしてあるティッシュペーパーくらいしかない。

私は慌てて立ち上がると、ソファーセットの向こう側、部屋の奥にあるクイーンサイズのベッドの方へ足を向けた。

ベッドの枕元のティッシュボックスをつかんで、ソファーセットの方へ身をひるがえしたその時、すぐ背後に立っていた人物にドン、と体がぶつかった。

「あ、すみませ……!?」

謝罪の言葉を言い終わるよりも早く、私の体は強い力で背後に押し倒された。