――あらら。

ケンカでもしちゃったのかな?

ちょっと気まずいことになったと思いながら、305号室のインターフォンを鳴らせば、待ち構えていたかのように、すぐさまドアが開いた。

「なんだ? すぐに戻ってくるくらいなら最初から……」

不機嫌そうに眉根にしわを寄せたスーツ姿のその男性の顔を見た瞬間、私は金縛りにあったように身をこわばらせた。

「茉莉……?」

相手も私のことに気づいたのか、名を呼び呆然とした様子で銀縁メガネの奥の少し神経質そうな瞳を見開いている。

高崎和彦。

半年前に、手ひどく私を振った元婚約者が、目の前に立っていた。

彼は、今頃妊娠中の上司のお嬢さんと幸せの渦中にいるはずだ。

なのに、どうして違う女性とラブホテルにきているのか。

そんな疑念と不信感がわいてくる。

「そうか、君も苦労しているんだな……」

高崎さんは、少し寂しそうに微笑んだ。

「取り合えず、ワインとつまみを部屋の中に運んでくれないか?」

そう言われて、はっと我に返る。

そうだ、今は仕事中! しっかりしなよ、茉莉。

自分に喝を入れて、どうにか笑顔を作って「失礼いたします」と、おつまみとワインが乗ったトレーをもって部屋の中に足を踏み入れた。