「ごめんね。寮についたらすぐに水槽をセットするから、それまで少しガマンしてね」

話しかけると、亀子さんは『へいき、きにしないでね』というように、にょーん、と首を伸ばす。

――ふふっ。亀子さんは、ほんとうに、癒し系だよね。

私と父は、今朝、長年住み慣れた我が家を引き払ってきた。

生まれてからずっと住んでいた、母との思い出がたくさんつまった、我が家。

門を出るときの離れがたい気持ちは、なんといえばいいのだろう。

『今までありがとうございました』

言葉にしなくても、無言で頭を下げる父の気持ちは痛いほどわかった。

私は父にならい、心からの感謝の気持ちを込めて、ひっそりと建つ二階建ての我が家に深く頭を下げた。

寂しくて、切なくて、少し涙がこぼれそうになった。

だけど、泣いたらだめだ。

泣きたい気持ちは、きっと父の方が強いはずだから。

そう思って、必死にこらえた。

「お父さん、本当に今日新しい会社の寮に行っちゃうの?」

隣でハンドルを握る父に視線を向けて問えば、父は申し訳なさそうに眉毛を下げて言う。

「すまないな。明日から長距離の仕事が入っているから、お前の荷物を運びこんだら、その足で向かわなきゃならん……」