社長室の応接セットのソファーに向かいあって座ると、一カ月前の面接が、昨日のことのように思い出された。
緊張のあまり、鼻血を吹いたことに気付かなかった茉莉の姿を思い出して、思わず口の端が上がる。
最初は、単に「面白い奴」程度の認識だったのに。
いつのまにか、するりと懐に入られてしまった。
何事にも前向きで、一生懸命に取り組めるのは、社会人として得難い資質だ。
できれば、秘書として一人前に育ててみたいという企業経営者としての欲がある。
だが、と、このままではマズイと、俺の冷静な部分が警鐘を鳴らす。
美由紀から聞いたところによると、茉莉の夢は『絵本作家』になることだという。
茉莉にとって俺のところで働くのは、生活するため、大学に通うため、ひいては自分の夢をかなえるための手段に過ぎない。
それが分かっていて、そこまで、茉莉に要求してもいいのか?
茉莉をつぶしてしまいやしないか?
心の中の葛藤は見せずに、俺は微笑んで茉莉にコーヒーをすすめた。
「美味いかどうかは、分からないが」
「いただきます」



