俺の塩対応にもめげることなく、さっきまでの意気消沈ぶりはどこへ行ったのか、なぜか茉莉はニコニコしながらデスクまで歩みよってきた。

「あの、社長さんは、まだ帰らないんですか?」

「身内の役職に、『さん』付けはいらない」

思わず呼び方を注意してしまったが、茉莉は気を悪くしたようすもなく「あ、はい。わかりました」とニコニコと笑みを深めて素直にうなずき、同じ質問を繰り返す。

「社長は、まだ帰らないんですか?」

「……この書類をまとめたら、帰るつもりだが?」

どうしてそんなことを聞くのかと訝しげな視線を向けていたら、茉莉は、「コーヒーでも、いれましょうか?」と言い出した。

「私、けっこう得意なんですよ。えっと、給湯室は……」

きょろきょろと視線をさまよわせている茉莉に、俺は部屋の右奥のドアを指さし、給湯室の場所を教える。

「あの角だ……」

茉莉は、仕事の疲れも忘れたように、いそいそと給湯室へ歩いていく。

――なぜいきなり機嫌が良くなったんだ?

二十歳の女の子の思考回路は、つくづく解せない。

ともかく、コーヒーを入れてくれるというのだから、ありがたく入れてもらおう。

それじゃ、待っている間に仕事をかたずけてしまおうとノートパソコンの画面に視線を落とせば、何やら給湯室の方で「パタン、パタン」と、ドアを開け閉めする音が響いてくる。

そういえば、コーヒーはスティックタイプのものしかなかった気がする。