父親はいなかったが、隣人に恵まれて過ごしていた穏やかな日々が終わりを告げたのは、俺が十七歳のとき。

ずっと音信不通だった父が突然表れて、「母と俺を迎えに来た」。

正確に言えば、日本でも屈指の大企業・谷田部グループの分家筋、全国展開をしているホテルロイヤルの社長、谷田部彰成の命を受けた秘書が、本妻の死後、愛人とその息子を迎えに来たのだ。

そう、俺は、いわゆる大手企業の社長の妾腹の息子だった。

一般的に本妻ありきで妾を囲うものだが、谷田部彰成の場合、まず恋人との間に俺という息子が生まれた後、親が進めるまま資産家の娘との婚姻をはたした。

その後、本妻との間に娘をもうけたが、本妻はもともと体が弱い人だったらしく、長患いの末この世を去ったのだとか。

俺は父親の縁が薄かったが、半分血のつながった9歳年下の妹・美由紀は、母親との縁が薄かったらしい。

子供に罪はないから妹の境遇には同情したが、父親の境遇には一ミクロンも同情はしなかった。

あいつは、金と名誉のために恋人と息子を捨てたのだから。

「男にだらしないホステスが生んだ子供のくせに」

「体が弱い本妻のせいで、結局妾の子供が跡取りか」

「由緒ある谷田部の家も地に落ちたものだ」

谷田部の家に引き取られてから、口さがない親戚連中から悪意に満ちた事の顛末を告げられて、俺はいつかこの家を出ようと決意した。

恋人と息子を、金のために捨てるような親の事業を継ぐなんてまっぴらだ。

あいつが一流ホテルチェーンを展開するなら、俺はその対極にあるラブホテルチェーンを全国展開して成功してやる。

そんな決意をこめてしゃにむに学び、人脈を作り、スポンサーを得てホテルクロスポイント1号店をオープンしたのが、3年前。

そして、現在2号店建設に向けて準備を整えているそんなとき、妹の美由紀から電話があったのだ。