男の子は黙って空を眺めていた。

黒い制服のズボンを膝までたくしあげて、アウトドアメーカーの大きなバックパックを背負っている。
キョロキョロ世話しなく動く、大きな瞳は好奇心でいっぱいという感じで、ストライプの制服を着ているときよりも幼く見えた。

理子は不躾にならない程度に男の子を見ていた。
体全体からエネルギーが溢れているような子だと思った。
生きることの喜びとか、未来への期待とか、自分の可能性とか。
そういう根拠のない、けれどきっと何よりも人生を楽しんでいける自信みたいなもが。

しばらく空を見上げ、満足したのか男の子は傘立てに立ててあった透明のビニール傘を手にし、

「家まで送りますよ。」

と、傘の紐をほどいてぱさぱさと振りながら理子に向かってゆっくり言った。

危うくもう少しで、はあ?と間の抜けた声を出すところだった。

さっきまで風が雲が、なんて小学生の子どもみたいな顔をしていたと思ったら、今度はいたって真面目な顔でそう言うから。

「どこらへんですか?」

男の子は傘を開くと、理子を誘い込むように頭の上に傘を差し出した。

「いえ、大丈夫です」

なにが大丈夫なのかわからないけど、反射的に断った。
こんなに若い男の子とこうして話しているだけで緊張する。
それに、いくら相手は高校生でも、見ず知らずの人に送ってもらうのは抵抗があった。

「いいから、いいから」

理子の方に傾けた傘のせいで、男の子の肩はみるみるうちにシャツが透けてきていた。

「早く早く」

シャツが濡れることすら楽しいのか、男の子はおかしそうに笑う。
巨人の荒い息遣いのように、ゴウゴウと風がなる。
その音に背中を押されるように、理子は自分のために広げられたその傘の中に傘に飛び込んだ。

それが、理子と蛍(ほたる)の出会いだった。