コンビニをバイトに選んだのは、他のバイトに比べて楽そうだったからだ。

仕事は思っていたより楽ではなかったけれど、思っていたより退屈でもなかった。
季節毎に変わる商品も、床を研く電動ブラシの操作も、売れない劇団員のバイト仲間の話を聞くのも楽しかった。

理子に会ったのは、バイトを始めてすぐの日だ。

自動ドアが開いて理子が店内に入ってきた瞬間、理子から目が離せなくなっていた。
どうしてだかわからないけど、直感的にあの人とは絶対に仲良くなれる、と思った。
なりたいとかなろう、なんてものではなく、もっと動物的なもの。
遺伝子とか本能とか、そんな類いのものだった。

サックス奏者の父の影響で、音楽が好きな蛍は、人を音楽に例える癖があった。
父はoasisで母は坂本龍一というように。
理子を見た時は、ビートルズだと思った。
実際、理子といる時、理子の事を思うとき、蛍の頭の中にはいつもビートルズが流れている。

理子は仕事帰りにいつも決まって15品目のシーザーサラダという商品を買った。
大体、決まった時間に来るから、理子が来る時間が近付くと時計ばかりを気にするようになった。

シーザーサラダがないとがっかりした顔をして、たぶん欲しくもないガムを買って帰るから、他の客が買わないようにシーザーサラダをどこかに隠しておこうかと真剣に思ったりした。

目が合うのは、レジをする一瞬だけ。
その一瞬のために、蛍はバイトの日を増やした。

自分より年上だとは分かっていた。
シンプルだけど形のきれいなワンピースや、きちんと折り目のついたブラウスを着ていたし、心地いい音のするあまり高くないヒールをはいていた。
OLだろうな、とは思っていたけど、まさかこんなにも年が離れているとは思わなかった。

だけど、そんなことはどうでもいいことなのだ、と蛍は思う。
好きになってしまったら、終わりなのだ。