――今年の春、高2の私は転校した。

それは隣街にある普通の高校。

学力も普通、学費も普通…まぁ、とにかく普通の高校。


普通じゃない点があるとしたら――

「あんた、また人の男に手ぇ出したんだって!!?」

こういうチャラチャラした不良生徒が、男女構わず大勢いるってことくらい。


「…」

「何か言ったらどうなんだよ!?」

「…別に手何か出してないけど」

「嘘つけ!あたしの友達の知り合いが泣いてたっつってんだよ!いい加減にしなさいよ、何人目だと思ってんの!?男好きにも程度ってのがあるだろぉーがっ!!」

黒ギャル不良の言い分を呆れ半分で聞き流しながら、視線を下に向ける。

…はぁ、失敗したなぁ。


いま、私は数人の女子に囲まれてる。

男子だったら「わぁ、ハーレムだ~夢のよう!」って嬉しくなるところだけど、私は女だしレズでもないから嬉しくもなんともない。

迷惑極まりない。

早く帰してくれるかな?


しかし残念ながら、彼女たちの様子からして、早く帰れそうにない。

参ったな…どうしよう、すごく眠いのに…。

あくびを必死にこらえる。


こうなったままなのは、かれこれ数分前からだ。


――約三分前のこと。

校門を出てすぐに他校の女子が話しかけてきた。

「こんにちわぁ~、ちょっとお時間いいですかぁ?」

猫かぶった甘い口調で近づいてきた。


あ、これ、めんどいパターンだ。

無視無視。

はい、スルー。


――そしたらこの様。


女子の横をスッと行こうとしたら、服を捕まれた

あぁ、のびちゃう…。

のびるのが嫌だったから大人しくついていったら、人気のない路地裏に連れていかれた。


――で、今現在、私は壁を背に計五人の女子に囲まれている。

どうしましょ…。


「聞いてんのかゴラァ!!?」

「あ、ごめん。聞いてなかった」

私がダルそうにそう言うと、周りから野次が飛んできた。

「生意気な女!」

「自分の置かれてる状況考えろよ!」

「やっちゃえシズちゃん!!」

あれ、この中で一番偉いの、この……黒ギャル不良のシズちゃんなんだ。


ちょっと意外かも…。

あの子かなぁ~って思ってたのに。


ふと、輪の外に目を向けた。

私の視線の先には五人の中でただ一人輪から外れ、腕を組み、野次も飛ばさず、ジッと静かに私を見る栗色の髪を巻いた美女が立っていた。

猫耳のついた黒にピンクのラインの入ったパーカーのフードを軽くかぶり、胸にかかるくらいの長さの髪を両サイドに垂らしている。

フードの下から覗く大きな猫目の瞳は、私をとらえたまま動かない。

なんか、…獲物を前にした肉食動物みたい。


「――聞けやゴラァァ!!」

その声に視線を戻すと、拳を振り上げる黒ギャル不良シズちゃんがいた。


お、思ってたよりいきがいいね。

そしていい度胸、この私にけんか売るなんて…ちょっと生意気だけど、いいね。


気に入った、だから買ってあげるよそのけんか。

まぁ、ただ単に私が暴れたくなっただけなんだけど。


…後悔したって知らないからね、シズちゃん。


「!!!??」

「……」

手首を掴まれて、シズちゃんは驚いてピタリと動きを止めてしまった。


ダメじゃん、動き止めちゃ。


「ぎゃああっ」

「ほら、隙だらけだよ?」

脛を押さえてうずくまっていたシズちゃんが、私の呆れた声にハッとして顔をあげた。


涙で潤んだ目と、目が、合った。

――あ。


シズちゃんの顔が、恐怖で歪んでいく。

それを見て自分の失態を痛感した。


「ヒ、ヒィ!!」

「………はぁ」

その反応、ちょっとくるな…。


グイッとフードを掴んで深くかぶり直した。


見えちゃった、かな。

ごめんねシズちゃん、嫌なの見せちゃったね。


シズちゃんはそのまま私に背を向けて、路地裏から走り去って行った。

他の女子たち三人も、戸惑いながらも後をおった。


『化け物!!』

『こっち来んな!』


…バカみたい。

あんな反応を見て、傷ついてる自分がまだいる。

昔から、小さい頃からだったから、もう慣れたと思ってたのに。

でもそれは間違いだと、今、彼女の姿が昔と重なった時、思い知った。


「……」

「――いやぁ、お見事ですねぇ~」

少し、小馬鹿にしたような声が投げ掛けられた。

…見なくても声の主はだいたい想像つく。


「あっ!ちょ、ちょっと待って下さいって!!無視しないで!!」

猫目の美女を無視して帰ろうとしたら呼び止められた。

…はぁ、メンドクサイな。


渋々振り返ると、大きな猫目は満足そうに細められた。

早く終わらせよう…。


「ホッ、止まってくれてよかった~。本気で帰ってしまうかと思いました」

本気で帰るつもりでしたが?

そんなことどうでもいいからさっさと本題に入ってよ。

「まぁ、そんなことはどうでもいいです」

…じゃあ話すなよ。


少しずつストレスがたまっていく。

そんな私の様子に気づいてない様子で、彼女は構わず話す。


「あなたを我がグループに迎え入れ――」

「喜んでお断りいたします」

「ですよね。入りますよねもちろん――…て、えっ!!?即断!?」

驚いている彼女に背を向けてさっさと歩き始める。

やっぱりめんどくさかった。

さっさと帰ろう。


「ちょちょちょ、ストップストップ!!もう少し考えて――」

「そういうのに興味ないんで。じゃ。」

片手を振り、足を速める。


「―――『金狼』」