ゴウゴオ、と、風が吹く晩でした。



私の祖母が亡くなり、座敷には、線香の番をする私と、祖母の遺体の二人きり。



はだか電球をすきま風が揺らします。

ろうそくの火がユラユラと、揺らめきます。


少しうとうとしていた時でした。



家の中に強い風が吹き込んできました。



戸が開いたようなので、私も目が覚め、風の入ってくる方を眺めました。


大きな鎌を担いだ、不吉な男が、風上に立って居りました。



男は私を見ると、面倒くさそうに言いました。



「そこのばあさまな、生前俺と取り引きをしたんだ。
まあ、大したことじゃない。あんたが病気の時に俺の神社で、お百度詣りをしてくれたのさ。
私の命はどうなっても構わないから、どうか孫の命をお救い下さいってね。」


「なので、こうして、死んだと言うから魂を貰いに来たわけだ。」


不吉な男はそう言うと、土足で上がり込み、祖母の遺体の上を鎌で撫で始めました。



私は身動きひとつ取れませんでした。



「ほうら、出てきた。」


「ぎゃああっ!!」



今まで聞いたことのない絶叫を聞きました。



祖母の遺体は海老ぞりになり、口からえもいわれぬ液体と共に、もう一人の祖母が脱け出してきました。



生前の優しかった祖母の顔ではありませんでした。

狡猾で、卑しく、酷く醜悪な老婆が部屋を這い廻り、逃げているのです。

必死に、それこそこの世の終わりのような顔をして。



動けない私にすがるように、「どなたか知りませんが、あの気色の悪い男からお助け下さいませ!」



私は声が出ません。


しかし、この老婆はあの私の知る祖母なのでしょうか・・・。



「あああ、何故声を掛けても応えてくれないのですか!助けて下さいませ!」



私の頬を涙が伝うのです。


涙が祖母の手にかかります。



「おい!お前!!なに泣いてる!泣きたいのはこっちなんだよ!!あのバカ男があたしをどっかに拐おうとしてるんだよ!助けろ!あたしを助けろ!ばか野郎!!このくそ野郎!!」



口汚い言葉を私に怒鳴り散らします。



祖母のあまりの変貌ぶりに、愕然とするのです。生前、上品な女性でしたので、酷く私の精神は傷付くのです。



不吉な男は、実に楽しそうに私達を眺めています。



「さて、そろそろ頂いていくかな。」



そう言うと、鎌を振り上げ、祖母の魂に突き立てました。



「ギャアアア!!」



尚も、鎌でズタズタに祖母を滅多刺しにして、ズタズタに引きちぎって行きます。


まるで解剖するように。

祖母の魂がぐちゃぐちゃに引き裂かれていきます。



やがて、祖母の魂は動かなくなりました。


そこには無惨にバラバラにされた祖母の魂が散乱しておりました。



汚ならしく、内容物が飛び出したままの魂が散らかっておりました。



「じゃ、俺の契約は終わったからな。帰るとするか。」



途端に私の体は動くようになり、声も出るようになりました。


私は精一杯で、不吉な男に言います。



「た、魂は持っていかないんですか・・・。」



不吉な男は振り返り私に言いました。



「はぁ?もう貰ったよ。俺はなぁ、魂の解体を楽しむの。ボロボロにして俺自身の快楽のためにな。それが取り引きってやつ。」


「因みに、そのゴミみたいに転がってるの、永遠に消えないから。永遠にな。」


私はゾッとしました。



「それから、俺を見ちまったおめぇは、魂の死骸が見えるようになったから。そこら中に転がってるからな。へっへっへ。」



不吉な男は私に言って去っていきました。



父親が入ってきました。

「ああ、線香の火が絶えてしまった・・・。」


そう言って、祖母の魂の死骸を踏み散らかし、祖母の遺体の前に座り、口元が汚れているのを不思議がりながら、ティッシュで拭いておりました。


父には祖母の魂の死骸が見えないのでした。



街や川、電信柱には魂の死骸が沢山転がっていたことを、私は知るようになり、又、見えるようになってしまったのです。




長くなりましたが、畳針で目を潰したのは、そう言う理由なのです。