「海か山のどっちがいい?」

朱音の聞き方は、むちゃくちゃだと思った。


こっちも、免許取って間もない。

あまり遠出はしたくないんだけど、
朱音は、そう言っても許してくれないだろう。


「海かな…」

春が言ったので、湘南の海で許してもらえた。

海で泳ぐにはまだ早く、海水浴場には、
人も疎らだった。


春は、初めて嬉しそうに笑って
波打ち際まで、自分から近寄った。


「私ね、湖の近くで育ったんだ」


「どこ?」


「内緒」


「泳げるの?」


「もちろん」


「今度泳ぎに来ようか?」
大人げないが、俺は、朱音の方へ顔を向けて、朱音のなんとも言えない顔を見つめた。



「うん」

春ちゃんは、
嬉しそうに返事をしたけれど、
朱音は、俺の提案を無視した。


その夏は、何度も海に行ったけど、
朱音とも、春ちゃんとも、
1度も出かけなかった。


今から考えると、
可哀想なことをしたと思う。

その時は、俺も乗り気で、
新しくゴムボードやパラソルも
新しく買い換えたのに。



その後も、春は、付き合ってるって
言う男を紹介してくれたけど、

夏の間も真っ白な肌をした、
資格試験狙いの、もやしみたいな奴だった。


間違っても、
海に行こう、なんて言わなかったんだろうな。