「戻ったら、すぐに連絡するから」
そう言って、最後にふわっと抱きしめられた。
ナオは、振り返ることなく、電車の中に消えていった。
なにかしなければ、
手を振るとか、駆け寄るとか。
そんなことを考えてるうちに、
電車がゆっくりと動きだした。
小さな窓から、
ナオがこっちを見て小さく手を振っている。
気がついたら、
私は、ホームに一人残されていた。
私は、まだ呆然立ち尽くし、
すでに見えなくなった電車が、
消えて行った方向を見つめていた。
「なに、あれ…」
「可哀想に。今度はいつ会えるんだい?」
周りにいた、数人の客にからかわれる。
他の人には、
熱いキスを交わした恋人同士が、
別れを惜しんでいたと見えたに違いない。
昼休みはもうすぐ終わろとしていた。
早く帰って、仕事しなきゃ…
ナオの匂い。
唇の感覚が、つきまとって頭から離れない。
オフィスに戻ると、
すぐに森山さんが私のところに来た。
彼女は私の3年後輩で、よく気がつく子だ。
「なに、やってんですか、会議始まりますよ」
「ごめん、すぐ行く」
「ちょっと、待って下さい、
恩田さん。こっち来て…」
私は、彼女に洗面所まで連れていかれた。
「あのイケメンと、何やってたんですか」
髪は乱れて、口紅は滲んで
唇の周りにぼやけていた。
鏡に映った自分の、酷い姿を見て、
森山さんに感謝した。
「このまま、行かないでよかった」
「早く直して下さい。
適当な理由言っときますから」
「ありがとう」
何やってるんだろう。私。
ナオ相手に、まともにやり合おうとして、
どうするつもり?