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駅の改札を出ると、
いきなり急な坂道になる。


ナオは、急勾配の坂を見上げた。


「春は、まだあのアパートに住んでるの?」

ナオが、私のアパートに行ってみたい、
と言い出した。

「どうして?」

これも、付き合う前にはなかった事だ。


「どうしてって、
俺たち付き合ってるんだろう?」


学生の頃から住んでるアパートと
かわりないけど、いい?

とナオに尋ねた。


ナオの快適なマンションと比べると、
地上と月面ほどの違いがある。


「学生時代の…って言うのは、
正確じゃないの。
途中で建て替えになって、
別のアパートに移ったから」


「ブッ…そうなんだ。
そこ、気にするとこ?
悪いけど、君の給料なら、
もっとましなところに住めるだろ?

歴代のボーイフレンドは、
防犯面で心配したんじゃない?」


ナオが笑いながら言う。

「うん。でも、
アパートには寝に帰るだけだから」


「朱音に、本当にここに住んでるのかって、
言われてから、あまり人を呼ばないの」


「あいつも、たまにはいい事するな」

因みに、ナオにも、
前に住んでいたワンルームに来た時、
部屋は1つしかないのか、と念を押された。

つくづく庶民の生活に疎いのだ。


ナオは、改札を出てから、
急な坂を登るのに、
不平を言わずについて来た。


「この坂、毎日は辛いだろ?」

「正直、
あなたのマンションの快適さを
前にすると、帰りたく無くなるわね」


「じゃあさ、ずっと住めばいい…」

「ん?」

「荷物なんか引き払って…」