恋愛協定の破り方

「あの、さ」

「うん」

「湊って呼んでもいい?」

「…うん!」


いきなりでびっくりした。

名前一つ呼ばれるのも恥ずかしくて、でも、うれしくて。

だめだだめだ、こんなにうかれちゃ。

恋人の設定だから、名前で呼んでくれるだけなんだ。


「湊」

「…はい」

「俺のことも名前で呼んでよ」

「……!!」


そうだよね。
そういう流れになるの、当然だよね。

そうは思うけれど、そんないきなり綾崎くんを名前で呼ぶって…。


「もしかして、俺の名前知らない?」

「ちゃんと知ってる!
…知ってるよ。

は、はる…ハルっ…」


緊張のあまり、口がちゃんと動かない。

これぐらいちゃんと呼べないと、この先ちゃんと彼女役なんてできっこないのに。


「ハル……ハルでいいよ!
今までニックネームで呼ばれたことないから、新鮮でいい感じ」

「…ほんと!?」

「うん。
次からはしっかりハルって呼んでね。

湊にそう呼ばれるの好きだな。
ハルって言うときの湊の声がすき」


綾崎くんが、ハルが笑った。


このひとは知らないんだ。

何気なく言う一言が、
眩しいくらいの笑顔が、
こんなにも私の胸をかき乱しているなんて。


「湊?固まってるけど…」

「大丈夫、なんでもないよ」


おしえない。きっと一生おしえないんだ。

私だけ馬鹿みたいにときめいているなんて、

このひとはしらなくていい。