思いがけない再会で、私と加賀くんとの距離は一気に近くなっていった。
 子供の頃のような、からかわれると恥ずかしいという感情は今はない。学生だからという考えもどこかに吹き飛んでいた。
 恋は一時の煌めき。だから今を大切に過ごす。出掛ける時は一緒。
 大学寮の入居期間期限の二年になると、加賀くんは近くのアパートを借りることになった。私は自宅から通っていたので、友達のところに泊ると母に嘘を言って、加賀くんの家に遊びに行っていた。
 いくら幼馴染みでも男と女が二人きりなんて怒られると思ったし、二十歳になるとお酒も飲むし煙草も吸う。煙草は受けつけなくて駄目だったけれど。
 入学時には考えられなかったほど、充実した学生生活を過ごした。
 この頃には、母に加賀くんを紹介して驚かれた。無理もない。幼馴染みで知っている人なんだから。
 無事に卒業して国家試験を受け、二年間の研修生活がはじまる。
 けれどその頃から、私は妙な気だるさを感じはじめた。
 吐き気がして食欲が出ない。もしかしてという予感があった。両親にも加賀くんにも言えずに、隠れて産婦人科に行く。
 診察と検査を受けてわかった。妊娠三か月。
 今はまだ目立たないけれど、四か月にもなるとお腹も大きくなってくる。
 秘密のままにしておろすか悩んだ。けれどお腹の中にある、ひとつの命の大切さも痛いほど知っていた。私は研修医。命をつなぐ者のタマゴだ。
 私が頼ったのは両親ではなく加賀くんだった。皆の視線を気にして彼を呼びとめると、手を引いて隠れる。私の顔を見て不思議そうに首を傾げる加賀くんに秘めていたことを伝えた。
「あのね、赤ちゃんが出来たの……」
 はじめはおろす費用のことを言われるかと思った。けれど、私の認識と彼の考えとは全く違っていて。
「早紀は産みたいのか、産みたくないのか?」
 思いがけない選択を迫られた。
「産みたいけど……だって命を授かったんだもん。けれどこの先のことを考えると」
「バイトでいくらか金は貯まっているし、それにあとすこしで仕事にも就ける。はじめは苦労させるかもしれないけど、俺が何とかする。だから早紀は心配しなくていい」
「けど、お母さんが許してくれないよ」
「俺にとっては早紀の気持ちのほうが優先。それに俺はそんな軽率な気持ちで早紀と一緒になったつもりはないから」
 体を求められているだけかと思っていた。不意にミドリの言葉を思い出した。
『一人前になる頃には、おばさんだよ』
 子供が欲しいと加賀くんに言った覚えはある。けれど、こんなに早くその時がくるとは思わなくて。ただ動揺するしかなかった私に加賀くんは笑った。
「俺の両親ってさ、出来ちゃった婚なんだよ。かなり言われたみたいでさ。けれど親父が責任もつって言ったらしくって。親父がそう言ってくれなきゃ、俺はこの世には存在しなかったんだよな」
 自然とお腹に触れていた。この世にいなかったはずの命のリレー。
 胸が熱くなった。他界した加賀くんのお父さんもそうだったんだ。同じ心を継いでいるんだなと感じた。
「言う順番逆だけどさ。結婚してくれ。指輪とか新婚旅行とか後になっちゃいそうだけど」
 不安は残っているけど笑ってしまった。これが告白なんて――そうとは思えない。
「そういうことはもっと雰囲気のいい素敵な場所で言って。女性にとっては大切なことなんだから」
「じゃあ、週末に車を出すよ。どこかに出掛けよう。ご要望通り素敵な場所へ」
 敷き詰められた落ち葉を踏みながら二人、肩を合わせて歩く。
 病院の周りに植えられた木々は競い合うように色づいていて。見慣れているはずの景色なのに、真っ赤に染まった葉が目に留まった。それはあるものを想像させたからかもしれない。
 触れられる位置にある一番奇麗な葉を選んで取る。
「奇麗な赤に染まってるね。それにかたちも赤ちゃんの手みたい」
「赤ちゃんの手みたいで赤っていうのも面白いよな」
 不安は拭えないけど、きっと私たちには明るい未来があるはず。手を伸ばして加賀くんの腕に抱きつく。大丈夫。心配ない。この人と一緒なら。
「あのね。今、赤ちゃんの名前思いついたの。男の子でも女の子でも大丈夫な名前」
 赤く染まった葉を見せながら言うと、加賀くんも納得したみたいで、「いい名前だな」と呟いた。

(終わり)