零は琴音が想像もしない構えを取った。


右足を引き、体を右斜めに向け刀を右脇に取り、剣先を後ろに下げた構え方。

相手から見て自身の急所が集まる正中線を正面から外し、こちらの刀身の長さを正確に視認出来ないように構えた。


これは脇構えと言い、『陽の構え』または『金の構え』ともいう。

一見すると自身の左半身(相手の正面右)は無防備であるため敵の攻撃を誘いやすく、その隙に相手の視線や意識から遠い下段や横から仕掛けることが出来る。


その為、主に胴や籠手、そして下半身を狙った相打ち(カウンター)狙いには有効とされる。



しかし、現代の剣道では竹刀の長さが規格で決まっているので情報戦の意味が薄く、また有効となる打突部位が厳格に定められているため、試合で脇構えが使われることは皆無に等しい。




だが、これは所詮は授業での試合である。

竹刀の長さはみんな同じだが、打突部位は適当である。


一発面を打てば零の勝ちである。



「じゃあ…やろっか?」

不気味な笑みをして言う零に対して琴音は動けないでいる。


それは零の構えにどう戦えば良いか分からないのだ。


基本的に剣道部では上段・中段・下段の構えの中で敵と戦うから、それらの構えとの戦い方は分かる。


だが滅多に見ない…いや、琴音とっては初めて使う人を見た脇構えである。


どのようにして戦えば良いのか経験したことないから分からないのだ。




(零が何を狙っているのか分からない…。いや…!構えからしてカウンターかしらっ…!?だとしたら上段のあたしが攻めにいったら胴を狙われる…!)


頭の中で必死に零の脇構えに対抗する戦い方を考えるが、零は考える余裕を与えない様に琴音に寄ってくる。


一歩…二歩とゆっくりと琴音に寄って、琴音にプレッシャーを与えている。

そして零は琴音に攻撃するモーションを取る。


しかし、それはモーションだけであった。


意思の無い攻撃…琴音も経験上それを読み取っていたのか落ち着いていた。


だが、しばらくすると零が大声で叫ぶ。

「めえぇぇん!!!」


この声には琴音以外の周りの人もビックリした。


剣道では試合の時、攻撃をした部位を言う必要がある。

例えば面を攻撃するなら「面」、胴なら「胴」と言う。

審判にも聞こえるように言わなきゃいけないので多少大声になる。


だが、さっきの零の大声は煩すぎた。

必要以上の大声であった。



だが、零は大声にビックリしている琴音に攻撃を仕掛けた。