「…明季、髪柔らかくね?」
「そんなことないけど。子供には負ける。」
「そりゃそーだ。んじゃ、あったかくして寝ろよー。」
「…うん。」

 くるりと向いた背。それをようやく目に映すことができた。頭の上に残された熱が、一瞬でなくなっていく。
 腕を伸ばしたのは、明季の方だった。

「え?」
「あ…、え、えっと…ごめん。間違えた。」
「明季から触るのは…ルール違反じゃねぇ。」

 顔を上げられないでいる明季の方に、洋一がそっと向き直った。

「…ま、間違えたの。ごめん。大丈夫。帰って。」
「…そんなんではいそーですか、帰りますって言えるわけねぇーだろ。ありえねぇ!帰んない。…どうした?」

 そんなに優しい声で、『どうした』なんて言わないでほしい。瞬きしたら、絶対に涙が落ちてしまう。

「…どうもしてない。大丈夫だから…。」
「明季、抱きしめていい?」
「え…?」
「松下さんの大丈夫が大丈夫じゃないように、お前の大丈夫も大丈夫じゃねーから、全然。」

 その言葉に、もう限界がきてしまった。洋一の胸にぽすんと頭を乗せてしまった。優しく回った腕に、涙を両目から一筋ずつ流す。

「…なんでわかるの。」
「わかるっつーより、したいって感じ。今、抱きしめたくなった。猛烈に。」
「野生。」
「野生だろうがなんだろうがいいじゃん。つーか声おかしくね?中入れて。冷えた?」
「…今、開ける。」

 涙をどうにか誤魔化して、洋一を部屋に招く。

「…あのさ、我儘言っていい?」
「うん。なに?」
「…落ち着くまで、抱きしめてもらっても…いい?」
「は?」
「ば、バカなお願いだってわかってるけど、…さっきの一瞬で、…ちょっと嫌な感じがなくなったから。」

 消してほしい。あの不快感。身体中が洋一のくれる温さでいっぱいになればいいなんて思ってしまう自分がいる。