大学の門を出て、明季の家まで歩く道すがら。突然甘えた声を出してきたのは洋一だった。

「明季ちゃん。」
「ちゃん付けで呼ぶ時は何か企んでるな、洋一。」
「企んでねーよ。さて、問題です。明後日は何の日でしょう。」
「…明後日?2月14日?…キリスト教司祭ヴァレンティヌスが処刑された日。」
「っはぁ?誰がそんな博識披露しろって言ったよ?素直にバレンタインデーと言いなさい。」

 最悪の話題だ。それをぼんやりと考えていたものだから余計にたちが悪い。

「はいはい、バレンタインデー。」
「気持ちが込められていません!」
「バレンタインデーという言葉に気持ちを込めろという方が無理。」

 どうしてもつれない態度を取ってしまう。反射的に赤くなったり、熱くなったりするところはもうすでに明季のコントロールを離れてしまっている。しかし、こうした会話はまだ明季の意思のコントロールの中にある。そうすると、色々なものが邪魔をして思っていることの少しも伝えられなくなってしまうのだ。
 もう、本当はわかっている。こうして隣にいてくれることに安心してしまっていること。信じ始めていること。そして、傍にいてほしいなんて普通の女の子が抱くみたいな気持ちを、自分も抱いてしまっていること。

「明季。」
「今度は何?」
「バレンタイン、俺はチョコを貰えたりするわけ?」

 真っ直ぐ見つめられ、明季はごくんと息をのんだ。もう、逃げられない、そんな気がした。そもそも、逃げる気だってもうない。

「…欲しいなら作るけど。」
「へっ?」

 頬が熱い。自分が渡したいから渡すなんてこと、言えない。洋一が欲しいならなんて、そんな風にねだられたという建前がなくては動けない。今更どんな顔をすればいいのかも毎日悩んでいるのだから。

「つ、作ってくれんの?」
「欲しいならだけど。」
「欲しいに決まってんだろ!」
「わかった。じゃあ作る。食べれないものはある?」

 心拍数にシンクロするように、業務連絡みたいな早口になる。

「ありません!」
「食べたいものは?」
「ありません!」
「じゃあ作らない。」
「間違った!何でもいいです明季が作ってくれるものなら何でも。」