ポロンポロンとまるで風の気分で音を奏でる風鈴の様に特に意味を持たず指が流れるように減を弾いていくだけのささやかな音楽だ。この楽器を愛してやまないシャディアにとってはほんの一音でも景色に溶け込むだけで満たされる思いだった。

やはり気分がいい。良く晴れて風もやさしく流れている今日の天気に合うだろうと、最高の気分で指を動かしていたら次第に観客が集まってきた。別に足元に箱を置いていた訳じゃないから集客による金銭目当てのつもりではない。ただ何の気なしに奏でていただけ、でも人が集まってくることに悪い気はしなかった。

「綺麗な音だな。一曲弾いてくれないか。」
「ありがとう。じゃあ…一曲だけ。」

目の前に居た陽気なおじさんがシャディアに声をかけてきたので頷いたのが最初。
少し緊張しながらも、よく聞いたこの国に伝わる懐かしい曲を奏で始めれば感嘆のため息が聞こえてきた。

何ていい気分、自分で自分の音に酔いしれて乗っていくのがわかった。少しずつ観客が増えていくのが音の波動で伝わってくる。

この街は思った以上に大きな街のようだ。人の気配をこれほどたくさん感じたことは今までに無く、そしてこんなに多くの人の耳を向けさせたことも今までに無いことだった。たくさんの人が自分の音に身を寄せて浸っている。

なんて優越感だろう。感じたことのない空気に包まれシャディアの気持ちも大きく昂った、だからこそより良いその音に包まれて奏でることが出来たのだがそれもすぐに終わってしまったのだ。

「演奏をやめろ!!」

それこそがあの男の乱入。いきなり止めろと叫ぶなりその男は下手だの何だのと文句をつけて詰め寄ってきた。後方から大股に近付いてくる男に周囲も唖然として注目をしている。やがて我に返った前の方の観客のおじさんたちが明らかに理不尽な物言いの男を止めようと動いてくれたのだ。

「おい!何してるんだ!?」
「誰か警吏を呼んでくれ!」

突然の出来事に混乱しているといつの間にか目の前に来ていた男は目障りと言いながらシャディアの楽器を奪おうとしてきた。そこで初めてシャディアの身体は反応し、すぐさま荷物を抱えて走り出した。

ヤバイ。

本能的な自己防衛が働いたのだ。周りの観客が止めるのも聞かずに男が追ってこようとしたのでそのまま止まることなく全力疾走する。それが今も続いている状態なのだが、やはり男はまだ諦めていないようだ。

「一体何だっていうのよ。」

混乱に苛立ちが入り始めたがとにかく逃げることが先だとシャディアは人混みの中を突っ切ることに決めた。下段の噴水広場ではその場で食べれるようなものが売られている屋台が多いようでそれなりに賑わっている。上よりもこちらの方が人通りが多いようで少し逃げ辛くなったのは誤算だった。

でもこの条件は向こうも同じはず。人混みに紛れ逃げ切れるかもしれないとシャディアはうまくあの男の視界から逃れらる筈だと気持ちを切り替えた。走りながらも楽器を布包んで袋にしまい、人の波に逆らうようにしてどんどんと突き進んでいく。

「待て!」

どうしてここまで執着するのだろう。ただの絡みならここまでする理由はない、一体何があの男を突き動かすのか理解ができなかった。逃げ切らないと何をされるか分からない、そんな恐怖も感じて身体に力が入ったその時だった。

「きゃっ!」
「おっと!」