女子高生というブランドを掲げるのも、あと残り約2年ほど。

入学してからのどこかバタバタした1年が過ぎて2年生に進級し、ようやく1ヵ月が経った。

クラスにも馴染んできて、クラスメイトの顔と名前は大体一致させられる。


「あーちゃん、おはよーう!」


元気のいい声と同時に後ろから飛び付かれた衝撃。


「きゃっ!?…ちょっと、美月!?朝から危ないって!」

「ごめんごめん」


反省した素振りもなく、にぱっと明るく笑う彼女―柊 美月(ひいらぎ みつき)に溜め息をつく。

美月は去年知り合った、高校でできた最初の友達だ。

私とは対称的に平均よりも身長の低い彼女は、とにかく動きが小動物じみている。
ダークブラウンの癖のある毛先が肩上でピョンピョンと跳ねていて、同年代の子達よりもやや幼い顔立ち。
お菓子を分け与えると満面の笑みで喜ぶ様子は、まさに子犬そのもの。


「今日はいつもより早いね、珍しく寝坊しなかったんだ?」

「ひどーい!それじゃ、わたしがいつも寝坊してるみたいじゃん!」

「だって本当のことでしょ?目覚まし何個で起きれたの?」


美月はとてつもなく朝に弱い。私も人のことは言えないけど、美月の場合はそれ以上だ。
あまりにも起きれなさすぎて、枕元には常に目覚まし時計が3個ほど置いてあるらしい。


わいわいと二人で賑やかにいつも通りのやり取りをしている間にも、人の少なかった教室には登校してきた生徒が集まりつつあった。
…そう、いつも通り。

そろそろ来るのだろう、アイツが。


「今日も朝から賑やかだな、アゲハ蝶さん?」


「…………おはよう、佐伯君」


私のクラスメイトであり、ライバルであり、宿敵であり、隣の席の持ち主であり、超がつくほど苦手な男子―佐伯 彼方(さえき かなた)。


「椎名さん、いいなあ…。私も佐伯君と話してみたい」

「隣の席っていうのが羨ましすぎるよね~」


クラスの他の女子だけじゃない。廊下からも私とこの男子生徒への視線は投げ掛けられている。

私のことをアゲハ蝶呼ばわりするこの失礼な男、腹の立つことに学校内でもトップのモテ男らしいのだ。


「佐伯君、今日日直だってこと忘れてるでしょ。朝の仕事は私が一人で全てやっておきましたけど」

「え、そうだったのか?悪いな、アゲハ蝶さん。ありがとう」


皮肉めいた口調でさえ軽くスルーされた。
その上、謝る気のない態度に私の堪忍袋の緒が遂に切れる。


「あんっ…たは!いい加減人の名前を覚えなさいよ!私の名前はアゲハ蝶じゃない、椎名一葉!」



私、椎名一葉(しいな あげは)の最大のコンプレックスはその名前。


脳裏に一瞬、幼い頃に名前でからかわれた記憶が蘇り。

その記憶をなぞるように、私は傍にあった当番日誌をソイツの机に叩きつけた。