ヴィルヘルムはティーナに会うため、二日後またミダに訪れた。
「申し訳ございません。ティーナは今日休みをとっておりまして……何かお伝え致しましょうか」
「いや、いい。また来る」
ヴィルヘルムは支配人と軽く話した後、すぐにミダの店を出る。
「残念ですね。もう、まどろっこしいことせずに、王子だとバラしたらいかがですか? はっきり言って、その姿は恐怖ですよ。
軍服と違い、普通の服装は身体のラインが出やすいので、ヴィルヘルム様のその絞り込んだ肉体が圧巻すぎて……。
いつもは麗しい顔面と煌びやかな髪のお陰で恐くないですが……それが隠れている今の状態って、本気で恐怖を感じます。ほらっ、ちらほら子供が泣いてますよ……」
「それがどうした。諦めろ」
「ヴィルヘルム様って、あの物語の騎士まんまですね……白銀の騎士は、王女かそうじゃない人間か、という区分しかないって。どんだけ心狭いんですか……」
ヴィルヘルムとラメールはしばらく黙ったまま、馬を繋いでいる馬屋まで行く。そこは人集りができていて……。
「何かあるのか?」
「何ですかね……あっ今日は、舞台があるんですよ!! 例の『白銀の騎士と王女』です。なかなかチケットが取れなくて、凄い人気らしいですよ……観に行きますか?
なんでもその舞台役者らは十年に一度、代変わりするらしいですが、今の白銀の騎士を演じている俳優は本物に似ている!! と評判で乙女達から崇拝されているらしいです。
もしかしたら、ティーナ様がいらっしゃるかもですよ?? 夢みる年頃ですし」
「行ってみる」
「清々しいですね、そのエルティーナ様第一主義は。では行きましょう!」
ヴィルヘルム達が会場に着いた時には、もう舞台は終わっていて、乙女達は泣きながら舞台をうっとり観ていた。そこに目当ての人物もいたのだ。
「エル様……」
「どこですか? どこですか? この人集りで何故分かるんですか? ヴィルヘルム様、怖いですよ……」
美しい舞台は幕を閉じた。
(「なんて素敵なお話なの。幸せそうだわ、王女様。いいなぁ……私もあんな風にダンスを踊りたい。抱き合って口付けをして、素敵……いつまでも幸せに暮らすのね…」)
「ティーナ!! ティーナ!! 呼ばれているわよ!!」
「あっ!! 早く行かなくちゃ!!」
「もう……ティーナは浸りすぎよ……いよいよね!! ブチューとかましてきな!! 後でどんな感じだったか、教えてよ!!」
「もう…、ケイったら、でも話したいから聞いてね!!」
ティーナは、白銀の騎士様との甘い触れ合いを胸に抱き舞台上に上がる。
「あっティーナ様、俺も分かりました。うん? 舞台に上がってる? 何故??」
ラメールの疑問は舞台上の司会者らしき男に消される。
「さぁ!! お待ちかね、今日の〝運命の乙女〟三人は彼女達です!! 白銀の騎士様との甘い触れ合いを是非、堪能して下さいませ!! さぁ一番目の方から、どうぞ〜」
少し年配の女性が……「口付けで……」と話すと、白銀の騎士の俳優は甘い笑顔で「かしこまりました」と言った後、彼女の腰に手を置き唇を合わす。
舞台席からは、悲鳴と黄色声援でうるさかった。
次はスレンダー美人。年の頃は二十と少しといったとこだろう。そのスレンダー美人も「口付けで……」と話し、同じ様に白銀の騎士様と唇をつけ合わせる。
「さぁラストです!!」司会者の能天気な言葉に怒りが湧く。
「ちょっと、ヴィルヘルム様、まさかティーナ様、あれするつもりなんじゃ」
ラメールの声はヴィルヘルムには聞こえてなかった。
(「エル様……違います……その男は、違います」)
ヴィルヘルムの身体は無意識に動く。その行動が彼女の気持ちを踏みにじる事になると分かっていても、堪えられなかったのだ。
「……私も、口付けで……」
(「胸が破裂しそう。目の前に白銀の騎士様がいるのよ。やっと、やっと、口付けが出来るのよ。ずっと羨ましかった。遊びでいいの…私も貴方と口付けをしたかったの…」)
ティーナがゆっくりと瞳を閉じる。今まさに、ティーナが長く夢にみた、口付けを受ける。
しかし、ティーナにやってきたのは甘い口付けではなく抱擁だった。
「えっ!?」
瞳を開いた先には、白銀の騎士様がいて。ティーナ同様に驚いている。
「悪い子だね…彼氏の前で口付けはダメだよ。でもせっかくだから握手ね」
と麗しい銀髪と白い軍服の美男子は、ティーナの手を取って握手をする。
「待って、違うわ、握手じゃなくて。口付けがいいの!! 待って!!」
ティーナの声は、会場の大声援でかき消された。後ろからまだティーナを抱きしめている男性を涙を溜めた瞳で睨みつける。
「お客様!! 何をするんですか!? どうして邪魔をするんですか!? 貴方なんて、大嫌いよ!! 離して!!」
ティーナは涙を流しながらヴィルヘルムから離れる。そして会場から走り出す。
近くにきていたケイも、今起こったハプニングを理解できず、でも泣きじゃくるティーナをそのままにできず、追いかけて行った。
呆然としているヴィルヘルムにラメールは大きな溜め息をつきながら、背中を叩く。
「……ヴィルヘルム様、…気持ちは分かりますけど。あれは無しですよ。彼女、絶対傷ついてますよ。あんな軽いキスも許せないんですか……? 貴方って人は……」
ヴィルヘルムの腕の中に先ほどまでいた温かい温もりは、拒絶をし離れていった。
「エル様は、まだアレンを好きなのか? まだアレンに惹かれているのか? ……止めたことは後悔してないが、辛いな……」

