「ちょっと……大丈夫?! ティーナ。ってティーナ!!」

 ケイの何度かの呼び声でティーナはやっと現実に引き戻された。

「ごめん、えっと…何だっけ? 聞いてなかったわ」

「もう……。気持ち悪いの治った?? 震えは止まったみたいだけど」

 少し安心したケイの声を聞いて、ティーナは改めて今の状況に驚く。

 不思議と先程までの吐き気も震えも止まっていた。男性からの接触は苦手だったはずだが、さきほどのコーディンの間のお客様には抱き上げられても大丈夫だった。むしろ……安心するのが嘘みたいだ。
 男性の腕の中が安心すると感じる自分が信じられない。どう贔屓目に見ても男の中の男という体型で、凄く迫力満点かつ恐そうな見た目の男性だった。

 しっかりと顔は見えなかったが、間違いなく厳つい感じのお兄さんと推測できた。にしてはアンバランスな甘い声。あの声の所為でティーナの腰が現在若干抜けている。

「しかし、コーディンの間のお客様。意外だわ……貴族の方って聞いていたから、小さくて細くて、煌びやかで、私達一般人と自分達とでは違う生き物。って思っている人が来るって、思っていたけど…優しいのね……」

「ケイ…。あの方達……騎士だと思う。……私を抱き上げてくれた方も、お連れの方も。あんな…服の上からでも分かるくらいの肉体美は騎士でないと、ならないわよ……」

「それは思った。凄い筋肉よね!! 人って片腕だけで持ち上がるもんなの? あの人の腕はどうなってるのよ……見た目は怖そうな人だけど、中身は違うのね!! さすがボルタージュ騎士!! 軍服姿を見たかったわぁ〜」

「もう、ケイったら!!」

 二人の声にシモンの声がかぶる。

「ティーナ、大丈夫か?」

「支配人!! 本当に申し訳ございません!!私…」

「嫌、私も休憩なしで働かせていたし、ティーナが一番動いていたのは分かっていたんだが、君目当てのお客様が多かったからね、無理をさせた。すまない」

「支配人…本当に申し訳ございませんでした」

「うん。後、先ほどのコーディンの間のお客様が帰りに君に会いたいと言われていた。甘さたっぷりで……あの声は腰にくるね……。君を好きみたいだけど…。ティーナ、知り合いかい? 以前、ミダにお客で来てて、君を好きになったとか?」

「いいえ。初めてお会い致しました。支配人、ミダで働いていて……私、騎士のお客様は初めて見ますよ?? あんな美術彫像みたいな身体の人、一度見たら忘れません」

「嫌……まぁ……そうだな……」

 疑問がたくさん残るが、先方が怒ってないのだ。ミダとすればそれで良し、だった。



 休憩が終わり、店内に戻る。また仕事を再開していたら、支配人から呼ばれる。コーディンの間のお客様が帰られるとの事で急いで入り口に向かった。

 入り口からまた甘い声が聞こえる。

「走らないでください、転んだら大変ですので」

 甘い声で、胸がドキドキする……側に行くと背が高い。見上げないといけないわ…と思いながら、まずは謝る。

「先ほどは申し訳ございません、抱きとめていただいたおかげで、怪我もしませんでした。本当にありがとうございます」

「いいえ、ティーナ様に怪我がなく良かったです。倒れられたのに、仕事に戻って大丈夫ですか? 心にある事はおっしゃってください。貴女はすぐ本心を隠そうとなさるから……」

 ヴィルヘルムの言いように、支配人とティーナは開いた口が塞がらない。そしてお連れの方は目が飛び出ている。かなり驚いていた……。

「あの…お客様……様づけは止めてください。私、一般人ですし、お客様は騎士様ですよね? おかしいです……」

「気にしないでください。これは私の癖なので、ミダの食事は最高でした。また、ティーナ様に会いに来ます。素敵な癒しをありがとうございます」

 ヴィルヘルムはそう言って、ティーナの手をすくい上げ、手の甲に触れるか触れないかぐらいのキスを落とす。

「……………」「………………」

 呆気にとられているティーナ達に見送られながら彼らは帰っていく。



「ヴィルヘルム様……ほんと、気持ち悪いです。なんですかあの話し方にその甘ったるい声、止めてください。鳥肌が止まらないです」

「ラメール、煩いぞ。締められたいか?」

「…………すみません」

(「いつものヴィルヘルム様に戻った……あれはエルティーナ様仕様か…いつもとのギャップがあり過ぎて吐きそうです………」)