翌日。

 バンッ!!! 机を叩く音が空気を切る。

「陛下!! 犯人はバスメールの悪女カターナ王女です!!何故捉えないのですか? エルティーナ様を陵辱し殺したんですよ!!!」

 フリゲルン伯爵は、不敬も覚悟の上で王に詰め寄る。

「証拠もなく他国の王女を捉える事は出来ない。殺されたのはエルティーナただ一人。続きの部屋に居た侍女達は薬で眠らせ無傷だった。次はないだろう。今は大事な時期だ……エルには申し訳ないが犯人探しはしない」

 王の言葉にフリゲルン伯爵は静かに笑う。

「王とは大変な役割ですね。僕には理解できません。大事な時期であろうと、僕は領土に帰ります。
 今もなお、悪女がのうのうと舞踏会で踊っているのを見ると殺してやりたくなるので。それでは失礼致します」

 フリゲルン伯爵の言い回しは、周りをヒヤヒヤさせていた。側に控えていたレオン、そしてアレンを見て、フリゲルン伯爵は二人に怒りをぶつける。

「レオン殿下、僕は王家に忠誠を誓えない。エル様は人形ですか? 愛でるだけ愛でて、ただの肉の塊になったら用済みですか??
 アレン様にはもっと腹が立ちますね。何故カターナ王女を殺さない? 貴方はエル様を愛していたのではなかったのですか? 目の前に犯人がいるのに、野放しを容認しているのが信じられません。幻滅しました」
 そう言って、部屋を出て行った。

 国王ダルタは大きな溜息を吐く。

「何故、あぁも、カターナ王女だというのかが不思議だな。フリゲルン伯爵もエルの事を大切に思っていた事が分かって少し安心した。あの子はもういないがな……」

「父上、皆を調べないのですか?必ず犯人を引きずりだせる。まずは…」

「レオン。エルティーナの事は忘れろ。次、動きがあるまでこちらからは何もしない。犯人ではない他国の重鎮達も多くこの宮殿に滞在している。何事もなく終わらせたい」

 ダルタの苦しさはレオンにも分かる。しかしまだ王ではないレオンはそれでも…と思う気持ちが止まらないのだ。
 父としてではなく、一国の王としての決断はダルタにとっても苦しかった。



 フリゲルン伯爵と行き違うように、ラズラとグリケットが王宮に到着した。

「うそっ、嘘よね? エルティーナが……死んだって。何を言ってるの? 馬鹿言わないで!!」

 ラズラの言葉使いが汚くなってきた所で、グリケットが止めに入る。

「ラズ、それ以上は言っては駄目だよ」

 王の執務室には、王と王妃。レオンとエリザベス、宰相のクインとキャット、アレン、バルデン団長、がおり。
 ラズラとグリケットが先ほど到着し報告に上がった直後の事だった。

「分かりました。取り乱して申し訳ありません。エルティーナに合わせてください。挨拶がしたく思いますので。礼拝堂ですか? 連れて行って頂きたいのですが?」

 ラズラは王女らしい所作で簡潔に言う。

「遺体はまだ昨日のままエルティーナの部屋にある。ラズラ殿に会わすには酷な状態だと思う。女性が見ていい気はしないだろうからな」

 王ダルタのとても優しさがにじむ発言は、ラズラを爆破させた。

「まさか……そのままなんですか…!? その陵辱されたままにしているのですか?? エルティーナは女ですよ? 誰も清めてあげていないのですか!?」

 ラズラの言葉は皆の心に刃としてささった。誰一人、思わなかったのだ…。

「…最低ですね。グリケット様、私をエルティーナの部屋まで連れて行って下さい。死体は見慣れておりますから大丈夫です。
 私がエルティーナの身体を拭きます。誰だか分からない人の体液まみれなんて、あんまりですわ…」

「私も手伝おう」エリザベスはそう言ってラズラと共に出て行った。

 ラズラ、エリザベス、グリケットが出ていった執務室。ダルタは苦しげに言葉を吐き出す。
「ラズラ殿の言うとおりだな…。隠すことばかり考えているからこうなるんだな……」

 ダルタは大きな手で顔を覆う。そんなダルタの肩に妻のメダはゆっくりと手を置く。辛さを誰よりも隠さないといけないのがダルタだった。それが分かるメダも自分に余裕がないのが悔しくて辛かった。


 エルティーナの死は隠され、何事も無かったように建国記念の準備は粛々と進んでいき、あくまで〝普通〟に建国記念の日は無事に終わり、その後ひと月に渡る祭りや舞踏会も予定通りに終了した。

 エルティーナの死だけが、異質となって国中が普通の生活に戻る。

 死を隠す為、エルティーナの遺体は切断された頭部と左腕は縫い合わせ、内臓をとり血抜きをし、体内には薬を染み込ませた綿を、そして体外は蝋で身体中を固め腐敗の進行を止めた。
 あくまで事故死とする訃報を流すまでの間、その状態で地下の冷凍霊安室にその身を置いていた。

 ここまでされたボルタージュ国だが、決して動かなかった。実行犯の検討はついていても、それがトップを知っているとは当然思わなかった。
 そして日は刻一刻と過ぎていった。



 建国記念日が終わり、エルティーナの死をうやむやにしたままで、遺体を目の当たりにしたアレンが心配で。レオンはアレンに会う為、騎士の宿舎を訪ねる。それはエルティーナが死んだ日以来だった…。

「レオン、何だ、こんな時間に…」

 シャワーを浴びた後なのか、アレンの髪は湿っていて何とも言えない色香をまとっていた。

「いや……最近、会う事も少なくなったから、どうしているかと思ってな……」

 口籠るレオンにアレンは苦笑する。

「私は元気だ。…たまに見かけてはいるだろう?」

「あぁ…まぁそうなんだが……。エルに……会いに行かないか。と思ってな。ラズラ様が綺麗にしてくれている。
 そろそろ訃報も流されるし、お前も久しぶりに会いたいんじゃないかと思ってな」

『エルに会いに行こう』
 レオンが一番、言いたかった事。しかし返ってきた言葉は予想を裏切るものだった。


「いや……いい。気持ちは貰っておく。ありがとう」

「……アレン、エルの事は…」

「会いたくない訳じゃない、勿論会いたい。どんな姿でも、愛しているのは変わらない。決着がついたら会いに行く。今はまだ会えない……」

 日が経つにつれて、エルティーナの事を話さなくなったアレン。騎士としての最低限の仕事はするが、度々長期で王宮を離れる事が多くなった。

 エルティーナの事を忘れるならそれでいいと、誰もが思っていた。