ボルタージュ騎士団専用の食堂は、とても賑やかで華やかだ。
 いつも別々に演習をする男性騎士と女性騎士もここでは一緒で、独り身の者はもちろん、部下達との交流の為に既婚者も利用する憩いの場となっていた。

 かなりの大きさをほこる騎士団専用の食堂は造りこそシックで飾り気はないが、騎士達の軍服が華やかな為、何もないウッド調デザインの机と椅子に、彼らや彼女らの軍服はとても映えて食堂を美しく彩っていた。


「アレンは本当に浮くな。何故か分からんが木の机と椅子が合わなさすぎて、お前の周りは異空間だ」

 筋骨隆々の騎士、ボルタージュ騎士団長バルデンはしげしげとアレンを見つめる。

「食事をするのに、場所はどこでもかまいませんし、周りに合っていようがいまいが、私には興味がありません」

 アレンの辛辣な言葉にバルデンは口籠る。黙って食べる姿は眼福ものだが、口を開けば残念でならない。
 アレンは通常運転が冷酷である。騎士達はアレンが微笑んでいる姿は見た事がないし、優しいとは微塵も思わない。
 アレンが微笑み、甘い言葉を放つのはエルティーナの側だけだった………。

「機嫌が悪いな。何かあったのか?」

 大きな身体に似合わず優しく響く声色は、ピンッと張っていたアレンの気持ちの糸を少しだけ和らげた。

「申し訳ございません。騎士として思いが外に漏れているとは、修行が足りません」

「いや、いや、そんな重く捉えないでくれ。特に何もないし、私にはいつもと同じに見える。何となく機嫌が悪いのか? と言ってみただけだ。気にするな。
 ………ただ……いつもエルティーナ様の側にいるのが当たり前のお前が、ここに座っていて。当のエルティーナ様がフリゲルン伯爵と一緒にいるのが釈然としなくてな。少しモヤっとしただけだ。俺の勝手な思いだ、変な事を言って悪かったな」

「いえ……」

 アレンはフリゲルン伯爵にエルティーナと離され、仕方なく今日一日は騎士団での雑務の仕事をしていた。

 アレンからエルティーナを奪っていくフリゲルン伯爵が憎くて仕方ない。勝手で横暴なフリゲルン伯爵に手を出さないのは、ひとえにエルティーナの思い人だからだ。
 エルティーナがフリゲルン伯爵を好みのタイプだと話していたから……だから、我慢が出来たのだ。

 フリゲルン伯爵がエルティーナの意思にそぐわぬ行為をした瞬間、胴から首を離すのに躊躇いはない。アレンはずっとそう思っている。

 フリゲルン伯爵もバルデン団長も、エルティーナさえもそんなアレンの狂気は知らない。
 どんな事にも、どんな人にも興味がない…そう思われているのがアレン・メルタージュという人間だった。


 食堂が賑やかになるのは、やはり女性がいるからだ。
 ドレスでは普段隠れている身体のラインを惜しげもなく見せている軍服は、ドレスよりも女性の美しい曲線美を作り出していた。

 騎士として各々誇りはあるが、やはり出会いを求めてしまうのは人であり。まだ若い見習いの女性騎士は男性騎士に人気で、もてはやされているのは当然の状態だった。

 食堂で一番、男に囲まれているのがスワン伯爵の三女メロディーだ。
 美しく波打つ金色の髪に金色の瞳の可愛い容姿の女性。並以上の剣の腕だったが、何分思い込みが激しく高飛車。エリザベスの近衛騎士という事がさらに彼女の自信に拍車をかけていた。

 そんな彼女は恐れ多くもアレンに目をつけていた。エルティーナのように心から、アレンを愛しているわけではなく。見た目が自分に合うからという、勝手な思い込みから好きなのだ。

 そう、アレンが一番嫌いなタイプの人種だった。それに輪をかけ彼女は今ここで、エルティーナのあまり良くない感想を我が物顔で男性騎士に話していたのだ。
 これで、アレンに気に入られようと思うあたり空気の読めないメロディーの残念な所だった。


「私、先日エルティーナ様の護衛につきましたの。天使と言われていたから本当にお会いするのが楽しみでしたのに。でもね、普通だったわ……。
 皆さんが良くいい過ぎなのよ。だからまだいいお年なのに、ご結婚されてないのだわ…可哀想に……噂を気にされて、きっと恥ずかしくて大きな舞踏会に出れないのよ」

「メロディーより、可愛いわけないよ。だいたい噂はあくまで盛るからね。仕方ないよ」

「まぁ。いやん。ありがとう!! 嬉しいぃわぁ」

 甘ったるい声で、メロディーは男性騎士の腕に抱きつく。どうしたら自分が可愛く見えるか分かっているのだ。

「何かあったら言えよ。メロディーの頼みなら、何だって聞いてやるよ!」

「やんやん。嬉しいぃ!!!」

 メロディーは、また抱きつく。彼女はスキンシップが多かった。これも男性騎士を虜にする技だった。
 気分が上がってきたメロディーは、もっと大きな声ではしゃぐ。アレンに気づいてもらうためだ。


「女性騎士がいると、明るくなるな」

 キャッキャッ と話しているメロディー達を見て団長バルデンは軽く微笑む。

「そうですか」

「アレンは興味がないか………。アレンの興味はエルティーナ様だけか?」

 バルデンの言葉にアレンは、食べていたスープで噎せた。

「おい、大丈夫か? 言っとくが変な意味で言ったわけじゃないからな」

「………分かっております」

「…あのな……言おう、言おうと思っていたが………お前達はおかしいぞ。
 ……この間の立食パーティーでは、見て見ぬ振りをしていたが…今度会ったら言ってやろうと思っていたんだが」

 バルデンの言葉にアレンは顔を上げる。
 その時、先ほどまで遠く聞こえていた甘えたような声を出すメロディーがアレンとバルデンの側に来ていた。

「バルデン団長! アレン様! こんばんは。メロディーと申します!! こんな端ではなくあちらで一緒に食べませんか?」

 メロディーは可愛く見えるようにピシッと敬礼をした直後、女としてアレンから身体を欲してもらう為の技に出る。
 色気を出すために腕を前に寄せ、その状態をキープし机に手をついてみせた。

 胸の膨らみを強調させたいのだろうが、常日頃超絶グラマラスなエルティーナを見ているアレンには、貧相が無駄に頑張っているとしか思えない。
 ちなみにバルデン団長の奥方もかなりグラマーで、二人にはメロディーの魅力は全く伝わらなかった。

「えっと……メロディーくん。俺はもう帰るつもりだから、すまないな。ありがとう」

 バルデン団長は柔らかく微笑む。その微笑みにメロディーは微笑みを返し、アレンの方を見る。
「私の可憐な微笑みはどうかしら!!!」という気持ちを胸に抱き。しかしアレンはメロディーと全く目を合わそうともせず、残りのスープを飲んでいた。

「アレン様は??」

 すすっと、アレンの側に近づこうと身体を寄せようとした……メロディーは、今の有り得ない状況に硬直していた。

 周りにいたメロディーの取り巻きの男性騎士も、恐ろしい光景にその場に縫い付けられたように固まっていた。

 そう、メロディーの喉元にはアレンのサーベルがピッタリと当てられていたからだ。
 もちろん鞘に入ってはいたが、団長でさえアレンの行動を目で追えなかった。


「近づくな。喉を潰されたくなければ、それ以上話すな」

 アレンの言葉に食堂中が静まり、誰も話さない。バルデン団長でさえ、アレンの行動に度肝を抜かれしばらく固まっていた。

「ア、アレン待て待て、冗談じゃすまなくなるからな。サーベルを引け」

 バルデンの言葉にゆっくりとメロディーの喉元からサーベルを離す。

「私と遊びたいのなら、エルティーナ様を悪くいうのは問題外だ。ボルタージュに有益な情報を持ってきたら一晩、相手はしてやる。
 そして用事が無ければ黙れ、お前の声は聞くに堪えない」

 アレンは冷たく言い放ち、食堂が一気に凍りつく。
 遠くで見ていたルドックは心の中で叫んでいた。嫌、エルティーナの悪口をでかい声で話していた所から、すでに叫んでいた。

(「メロディーお前は阿保かーーー!!! 何がしたい!!! アレン様の前でよくエルティーナ様の悪口が言えるな!! 褒めたって ボコボコにされるのに。悪口なんぞ、信じられないーーー」)

 ルドックの無言の叫びに、側にいたホムールも「うん、うん」と同意している。

 悪い事は続くもので、今の状況をさらに悪化させる人物が食堂に入ってきた。