「エルティーナ様、おかえりなさいませ」

 ナシルの声を聞いて、エルティーナは室内に入る。

「それでは、私どもはこれで失礼致します」

「スピカ、アクア、メロディー、ありがとう。また機会があればよろしくお願いします」

 エルティーナは庭園から送ってもらった三人の女性騎士に礼をいい、軽く手を振った。

 エルティーナの自室にいたナシルと侍女達は驚きを隠せないでいた。この場で口には出さなくても皆が一同に「アレン様は!?」という顔をしていた。

 女性騎士達と別れ、部屋に戻ったエルティーナは侍女達の疑問が分かり、かいつまんで話をする。


「ペリドット庭園のお茶会でラズラ様から提案があって、その提案を私はのんだの。
 お茶会の間中ずっとアレンを待たせておくのも悪いから、庭園の護衛をしていたエリザベスお姉様の近衛兵騎士に送ってもらう約束をしたわ。
 アレンには帰ってもらって。折角なら一日休みをとってもらう事にしたの。だからもうアレンは来ないわ」

「エルティーナ様、それをアレン様は納得されたのですか?」

「あたり前よ。ラズラ様が提案されたけど、決定したのは私。アレンの今の主人は私だから。私のお守りばかりだと申し訳ないしね、今日は久しぶりに羽を伸ばしてもらおうと思って。それだけ。
 ナシル、明日はダンスのレッスンだったわよね? 靴…大丈夫かしら…」

 ……エルティーナ様の物言い。
 ……アレン様ではない騎士との交流。
 何故か問いたくても、これ以上は突っ込めない。大切な…何かが劇的に変わってしまう気がして、メーラルはやめて、やめて、と心の中で唱える。

 ……成長していくエルティーナ様に気持ちが付いていかない。

 朝起きて、ドレスと靴と髪飾りを用意し、アレン様に挨拶をして、エルティーナ様を起こしに行く。

 寝起きがよい姫様の寝顔を見れるのは五回に一回。瞳が開いてない姫様を見るのが好きで、柔らかい身体を揺するのが楽しみで。
 こんな素敵な日常がずっと続くのだと思っていた……。
 もうすぐ来る別れが嫌で、メーラルはナシルと話しているエルティーナを見ることが出来なかった……。



「靴は、柔らかいのに変えておきました。前のダンス授業の靴擦れには驚きました…最後まで何もなかったようにされるので、血が滲んでいる足と靴を見て、開いた口が塞がらなかったです。そこは我慢するところではございません」

「ひと月も前の話なのに……ナシルは意外に根に持つタイプなのね……」

「エルティーナ様に言われたくございません」

「…………」

 確かにそうなので、言い返せないエルティーナは、憮然としながらナシルに無言の反抗を返した。

 エルティーナは侍女の手を借り、ドレスを脱ぎ風呂に入る。風呂から上がると明日のダンスの為、念入りにマッサージを受け床につく。

 その間中、エルティーナはずっと明日のダンス練習の事を考えウキウキしていた。なんせ、ひと月ぶりだからだ。

 足が血だらけになっても楽しく止めなかったくらいダンスが大好きなのだ。

 音楽に合わせドレスや髪が舞う。自画自賛するタイプではないエルティーナだが、ダンスの腕は誰にも負けないと思っていた。
 誰よりも優雅に舞っていると思う自分の姿は、他の令嬢よりも綺麗だと密かに思っている。
 実は社交界の中でもエルティーナのダンスはトップクラス、だからこそ先日の舞踏会にアレンを誘ったのだ。
 しかし機嫌をそこね、アレンから初めての拒絶を体験し打ちのめされた。エルティーナの小さな自信が粉々に砕かれた苦い経験。

 例え自信が砕かれても明日は楽しみ。いじわるな令嬢や他の殿方がいない。ダンスの師のみ……楽しみで仕方ない。
 誰の目も気にしないで舞える時間はエルティーナにとって至福である。

 エルティーナは、静かに眠りにつきながら思う。
「早く……明日……になら……ないか…しら…」と。