スチラ国の最大の秘密を……。

 スチラ国の国王夫妻と宰相。ラズラとグリケットだけの知る最大の秘密を……ラズラはエルティーナに話し始めた。

「エルティーナ。少し長くなるけど…一人の少女の物語を聞いてくれない?」

「はい。お聞きいたします」

 エルティーナの可愛くはっきりとした声を聞いて肩の力がぬける。ラズラは右隣にあるエルティーナの手をゆっくりと握った。

「少女の記憶の始まりは、大きな男の人に背中を鞭で叩かれている所から始まるの」

 痛くて。痛くて。でも涙は出ない。その少女はね、涙も枯れはてていた。食べるものも飲むものもなくて。

 男の人に叩かれた後はふらふらと道を歩いているだけ。運が良かったら何か恵んでもらえるし、小銭が落ちている事もたまにはあるから。歩くのよ。身体中痛いけど……。

 そこで、運命の出会いを果たすの。

 綺麗に磨かれた革の靴。暗闇の中でも鮮やかに光をはなっていた。その靴に見惚れていると。頭上からおっとりとした優しい声が聞こえてきたの。

 そうね、グリケット様の声や話し方に少し似ているわ。お顔は断然グリケット様の方が美男子だけど……。

『こんばんは。何か美味しいものを食べに行こうか』

 その優しい声の人は、鞭を打たれてガリガリでボロボロ、酷い臭いを放つ少女を誘ったのよ。食事に。

 手をひかれ連れていかれた箱の中は、素敵だった。今まで見た事のない綺麗な絨毯にふわふわの生地の椅子。弾力のある椅子はかなり恐かったわ。埋まっていくのではないかと感じたから。しばらく綺麗な箱の中で揺れていたら、箱が止まったのが分かった。

 お腹がすいていたのに、すいていた事を忘れていたのは初めてで、可笑しかったわ。

 少女が着いた所はスチラ国の王宮だった。

 ボルタージュの王宮には劣るけど、なかなかの建築物なのよ。白亜の宮殿。白で統一された姿は場違いな少女にも柔らかく微笑んでくれているようだったわ。

 それから、驚きの連続よ。廊下は長くて広い、お湯がでる蛇口にも驚いて、着ているか分からないくらいの軽いお洋服に、噛み切らないで食べれるパンや肉。何もかもがきらきらで目がチカチカしたわ。

 何故? 何故? 何が起こったの?? でも少女は疑問に思っても絶対に口に出さなかった。だって、口に出したらこの素敵な夢が終わってしまうかもしれないでしょ。

 でもその夢は、なかなか終わらなくて。毎日少しづつ変化があったの。

 しばらくは食べて、寝て、お風呂に入って、寝て、食べてだったけど、そこに、本が届いて、読み書きが増えた。
 次はダンスが増えた。次はマナーが増えた。気づいたら毎日がレッスンになっていて、とても覚えのよい少女は、全てを完璧にこなしていったの。周りの大人が驚くほど。

 何年かたっても、少女の夢は終わらなかった。沢山、沢山、疑問に思っていたけど、絶対口に出さなかった。
 それからまた長い月日が経った時、あの時暗闇で聞いた優しい声の人が私に会いに来たの。

『元気そうだね。見違えたよ。綺麗になったね』そう言ってきた。

 黒い髪に黒い瞳、中肉中背の本当に優しそうな男の人。その人こそスチラ国の国王、カルケット・スチラだった。

 みすぼらしい汚い少女を国王が王宮に連れてきた理由。それはね、余命いくばくのない王女の替え玉にする為だったの。



「………凄い物語でしょ。嘘みたいでしょ」

「ええ。凄い物語だわ。でも決して嘘じゃない。今も生きている本当の物語だわ」

 力強いエルティーナの清麗な声がラズラの脳内に響く。握っている手を離そうとしたらエルティーナはいっそう強く握り返してきた。


「それから、その少女は、スチラ国の王女と出会うの。骨と皮しかない小さい小さい王女さまと……」

 少女は王女様と毎日話すようになったの。スチラ国の事。ボルタージュ国の事。話すたびに笑ってくれるから本を書いたの。私がいなくても笑っていれるように。

 本をプレゼントした次の日、また王女様に会いにいったわ。
 王女様はね、あまり動けない人なのに、なんと少女の手を握り返してきたの!!びっくりしたわ。嬉しかったわ。だから、どんどん書いたの。

 沢山書いていたら、王女様からリクエストがあってね。ボルタージュ国の神のように美しい王子様とその友人 白銀の騎士と言われている美貌の騎士の二人のお話が読みたいって。
 骸骨みたいな顔だったのに、本当に可愛いって思ったわ。

 王女はね 恋をしていたのよ。一度も会った事のない、見た事もない、王子様と騎士様に……。だから、少女は……〝私〟は噂の二人をモデルに王女様の為に本を書いたの。

 〝薔薇の姫と聖騎士〟
 〝黄金の皇子と花売り〟
 〝コーディン神とツリバァ神の恋の行方〟

 手を叩いて喜んでくれたわ。全部読み終わった次の日、王女様は亡くなったわ。死に顔は、とても幸せそうだった……。

 スチラ国の最大の秘密。ラズラは絶対にはなしてはならない秘密をエルティーナに話したのだ。



 ラズラはエルティーナの方に身体を転がす。エルティーナの顔が見たくて。同じタイミングでエルティーナも身体をラズラに向けた。

 エルティーナの天使の微笑みを見て、ラズラは自分の罪を神に許してもらえた気がした……。
 ラズラの心の中にある硬い硬い硬いシコリがゆっくりと溶けていく……。


「ラズラ様。私もあるの、一人の少女の物語…。聞いてくださる?」

 優しく清麗なのに、どこか艶のあるエルティーナの声がラズラの耳をなでていく。