グラハの間で一番華やかで美しいドレスを着ているのはもちろんフルールである。

 いくら内輪での晩餐会でも、フルールはきっちり正装だ。ドレスの地色はパープルで、肩から足先にかけてゴールドの波紋が刺繍されている。とても派手で毒々しいデザインだが、フルールは完璧に着こなしていた。

 先日仕上がったばかりの、ブルッキャミアの最新作のドレス。
 フルールが着用するデザインは斬新で華やかなものばかりであり、社交界で着るとそれが流行ると言われているカリスマ的存在なのだ。
 そのフルールは今、ラズラと共に話をしていた。

 フルールとラズラは見た目こそ違うものの、どちらも先読みに長けていて頭の回転がとても早い。

 普通の女性の阿呆らしく何の利益にもならない馬鹿らしい会話ではなく、かなり高度な会話を楽しめる為、お互いかなり相性がよく会話が弾む。
 その二人の今の議題は、エルティーナとアレンについてだった。


「フルール、あの二人は不思議ね…皆があれを見て突っ込まないの?」

「……何の事かしら。私達には関係ないわ」

 フルールの素っ気ない言葉にラズラはさらに突っ込んで話す。フルールが二人について話をしたくないのだろうと分かっていても、気になるからだ。

「仲良さそうに、二人で一つのフォークを使って食べているわよ? あれ夫婦でもしないわよ普通。
 スチラ国では料理ごとに使う食器、フォークやスプーンを毎回変えていく。自分が使ったものでも二度は使わない。汚いと思うから。エルティーナが食べているのはバラッバラよ。
 スチラ国でも当然、立食は基本マナーを外すのが習わし。だからコース料理ではないし、行儀悪く食べて仲良くなるが正解よ。でもあれは絶対に変よ。
 だいたい、あの子最後に食べるはずのデザートのチョコレートを一番始めに口にしたのよ!? 味覚がおかしいのではなくって!?」

「ラズラは、分析型ね。それほどしっかりとは見ていなかったはずなのに、何故行動の一つ一つを分析できるのかしら…。貴女、私と話をしていたはずよね……」

「もちろん、フルールの話はしっかり聞いていたわ。ちゃんと的確な回答をしていたでしょ? ただ、視界に入るものは一度に頭で処理しながら生活するすべを会得しているの。色々あって。気を悪くしたかしら」

「いいえ、気分は悪くなってないわ。驚いただけ。ラズラは、本当に凄いわね。私も常に周りに目を配り生活しているけど、ラズラには負けるわ。純粋に尊敬する」

「ありがとう。フルールにそう言ってもらえて嬉しいわ。胸も大きくて好きだし」

「…ラズラ。貴女の会話は所々、おかしいわよ……」

「知ってるわ。うげっ。なんか視界に入るだけでもエルティーナのあの食べ方は気持ち悪くなるわ。
 何故、肉、魚、チョコレート、肉、チョコレート、魚、パン、魚、チョコレート、肉、パン…魚…うぇっ」

「…ラズラ…見過ぎよ……。それにボルタージュ国も貴女の国と一緒で料理ごとにフォークもスプーンも変えるわ。流石の私も旦那様とも息子とも、あれはしません。やれと言われたら、少し嫌ですわ……。あの二人が究極に異常なんです」

「……なるほど。で、何故あの二人は夫婦ではないのかしら?
 異常行為でも、見目が麗しいと汚く見えないのね。不思議だわ。人の性行為なんて見るのは勘弁だけど、あの二人のはお金を支払ってでも是非見てみたいわ。きっと美しいわよ。鑑賞に値するわね」

 ラズラの感想に、もう返す言葉がなく沈黙するフルール。一瞬想像してしまった自分に嫌悪感まで抱いてしまった。

「………………」


 言葉を失っているフルールの助け舟となる人物が、やんわりと会話に入ってきた。

「ラズ。やめなさい。君の思考回路はおかしいのだよ。むやみやたらに口にしないように」

「グリケット様。お話は終わりましたの?
 あらっ。そちらの方は、キャット・メルタージュ様ですわね。初めまして、スチラ国第一王女ラズラ・スチラと申します」

 今までの衝撃的な会話を丸無視して、挨拶をするラズラにキャットはまだ絶句したままだ。

「……………初めまして、ラズラ・スチラ様。この度はご結婚おめでとうございます」

 なんともいえない顔でキャットは、ラズラに一応の挨拶をした。

「ラズ。エルティーナは六ヶ月後にフリゲルン伯爵家に降嫁が決定している。皆も知っているし、もちろんエルティーナもアレンも分かっているよ。
 君にも人に言えない秘密が沢山あるよね。もちろん私にも。エルティーナもアレンにもだ。あの二人の事を詮索するのは君の為にならない。
 ラズ…エルティーナに関して、アレンには全く冗談が通じないと僕は言ったよね。とくに男女の事については禁句だから。絶対に言っては駄目だからね」

「…………分かったわ」

「うん。それでいい。そうだ、ラズ。先ほどレオンに会ったね。レオンの首を見たかい?」

「見たわ。痣らしきものがあったわ」

「流石、ラズ。よく人を観察しているね。偉い。レオンのあの首の痣はアレンが付けたものだよ」

 グリケットのやんわりした心地よい声を静かに聞いていた、ラズラ、フルール、キャットが一瞬にして硬直する。

「そうなった詳しい経緯は僕も知らないよ。ただレオンがアレンに〝エルティーナとやってたのか?〟って聞いたらしい。その直後、手加減無しに首を絞めてきたらしい。分かった?
 ラズには、アレンは意思が弱く簡単に手中に収め、なおかつ扱いやすそうに見えているだろ。それはエルティーナの側にいる時だけだから。ラズはエルティーナから離れたアレンを見てないだろ。命の危険を感じるくらい恐いから。以後気をつけるようにね」

「………き、肝に命じますわ……」

「よろしく、頼むね」

 ラズラとグリケットの会話を聞きながら、戦々恐々としキャットは青痣になっている自身の腕を眺める。

「………キャット…痛む……?」

 青痣を見ているキャットに優しくフルールがたずねる。キャットはフルールと見つめ合い、二人は同時に溜め息をつくのだった。


 そろそろ晩餐会も終わる刻限となり、ラズラとグリケットは、皆に挨拶まわりをする。
 まずは国王夫妻、クルトとメフィスを乳母に預けグラハの間に戻ってきていた王太子夫妻、騎士団長と副団長その妻達、キャットとフルール、宰相のクイン・メルタージュ。

 最後に仲良く談笑しているエルティーナとアレンの方に歩いていく。
 こちらに気づいたエルティーナとアレンは会話を中断する。


「エルティーナ。楽しめたかい? 僕達は、そろそろ帰ろうと思ってね。挨拶にきたんだ。後数日でラズはスチラ国に帰る。もともと長期滞在する予定ではなかったみたいだからね。
 僕もラズと一瞬にスチラ国に行くつもりだ。数ヶ月はボルタージュを離れる予定だよ。エルティーナの婚約期間が終わる頃は丁度、建国記念日だから、それまでにはラズと一瞬にボルタージュに戻るつもりだ」

「わぁ!! 素敵ですね。婚約期間なのにスチラ国に一緒に行かれるなんて! 寂しくなりますが、また色々お話聞かせてください。グリケット叔父様!!」

「ああ。約束だ」

 グリケットとエルティーナの会話を静かに聞いていたラズラが、エルティーナと視線を合わす為に身体の位置を変えた。

「……ねえ。エルティーナ。今日、一緒に寝ないかしら?」

 キョトン。とするエルティーナにくすくす笑いながらラズラは優しく手を握る。

「私ね、本当にたくさん本を書いているけど、読者の意見って聞いた事がないの。もちろん、王女が作者だなんて言える訳がないからだけど。今後の参考に色々話を聞きたいの。エルティーナは王女でしょ。きっとベッドも大きいから一緒に寝ても大丈夫だと思うのよ。私の寝癖は悪くないから大丈夫よ。せっかくお友達になったんだもの、もっとエルティーナと話したいな。駄目??」

 ラズラの甘美なお願いにエルティーナは早くもノックアウトだ。

「も、もちろんですわ!!! なんて素敵なの!!! こんな事ってないわ!!! 早くナシルに言わなくては。ラズラ様、お風呂も一緒に入りませんか? 私、お背中流します!」

 晩餐会中であるから、飛び跳ねて喜んだりはしないエルティーナだが、声はすでに浮き足立っている。
 そんなエルティーナを可愛いと思いながらも、アレンは気になるワードが普段に盛り込まれた会話に待ったをかける。


「……エルティーナ様。それは流石に止められた方がいいのでは」

「なぜ??」エルティーナはキラキラした瞳でアレンを見上げる。

 エルティーナ以外は、アレンが何故そう言うのか分かっている。ラズラに胸を鷲掴みされ、泣かされたのはつい先程の事だ。そんな相手を前に裸になるのは嫌ではないのか? 躊躇いはないのか? アレンには不思議で仕方がなかった。
 それに例え、同性でもエルティーナの素肌を見せたくないと思う独占欲もアレンにはあるのだ。

 エルティーナの問いに黙るアレンに、かわりにラズラが答える。

「エルティーナ。私が先程貴女の胸を鷲掴みして泣かせたから、アレン様は私がまた貴女を泣かすんじゃないかと、ご心配なのよ。近づいてほしくないのよ」

「そうなの? 大丈夫よ。アレン。でも心配してくれて、ありがとう!」

 花が咲くような魅力的な笑顔で、エルティーナは笑う。


 そんなエルティーナを見てアレンは想いのかぎり抱きしめられたらと思う。嫉妬で胸が締め付けられ苦しくなっていく。
「エル様に近づくな」そう言ってこの腕の中に閉じ込めてしまいたい。

 そうならないようアレンは身体に力をいれる。そうでもしなければ身体は無意識に動きエルティーナを抱きしめてしまうからだ。

 〝絶対に貴女には触れない〟と自らに言い聞かせ、心と身体に楔を打ち込む。

 エルティーナの笑顔を護る為に……。




「いえ。楽しい時間をお過ごしください」

 アレンは見上げてくるエルティーナを極上の笑顔で微笑みかえした。それだけが今できる精一杯だった。