コンコン。
「失礼致します。メイン料理をお持ち致しました」

 ソルドの声と共に、鼻腔を刺激する香りがコーディンの間に広がる。

 ソルドは手際よく、メインのステーキを並べていく。その姿をエルティーナは、またしっかりと見ていた。
「人をガン見するな」というレオンの忠告はエルティーナにとって最早あってないものだった。

 ガン見するエルティーナを気にしつつもソツなく給仕をするソルドは、最後にエルティーナの前に皿を置いた。


「貴女みたいな方に見つめられるのは、恥ずかしいですけど…嬉しいです」

「はっ!! ごめんなさい。また見ていたわ…」

「いえ。謝らないでください。変な言い方になりますが…、貴女のお連れ様のように美しい方々が一緒にいるのに、私を見てくださるのは感動です。自信がつきます!!」

「ふふ。ミダのスタッフになっていても、ソルドさんみたいに素敵でも自信をなくすのですか?」

 エルティーナはさも不思議そうにソルドに聞き返した。

「はい。今日はたくさん失態もおかしました。ミダのスタッフとして恥ずかしく思います……」

「アレンとお兄様は別格です。神がかった美貌は、もはや人ではないですから。
 防波堤壁画でも色々な方に拝まれておりましたし。比べるものではございませんわ!! ソルドさんはソルドさんの魅力がたくさんあります!!」

「ありがとうございます。貴女は天使のような外見ですが、心の中まで天使のようですね」

「て、天使って。もぅ!!」

 ソルドとエルティーナは二人で可愛く見つめ合い笑いあっている。どちらも可愛らしいのでお似合いではある。
 しかしレオンはこの二人の雰囲気が気に触ったのだ。

 本来なら王女であるエルティーナとソルドが会話をする事はまずあり得ない。できるわけがない。
 ソルドに対して「エルに気安く話しかけるな」という気持ちがレオンの脳内に響く。

 先ほど、眠りながら涙を流すエルティーナを優しく抱きしめるアレンの姿が、目に焼き付いており。
 レオンにとって初めて見惚れた二人、それがあっただけに、ソルドに対して「お前ではない、違う。エルには合わない」と強く思ってしまう。
 一刻も早く、この二人の雰囲気をぶち壊したくて。


「エル。いつまで話をしている。一番食べるのが遅いんだ。早く食べ始めろ」

 レオンの重低音の声が室内に響く。レオンの声に硬まったエルティーナとソルドは、それから一言も話さず離れた。

 言い過ぎたとは思ったが、レオン自身行き場のない苛立ちを処理できなかったのだ…。


「エルティーナ様。少しよろしいでしょうか?」

 アレンの柔らかく甘い声で、エルティーナは必死に食べていた肉との格闘をやめた。

「??……はい?…」エルティーナはアレンの問いに首をかしげる。

 するとアレンは「失礼致しますね」という言葉と共に、エルティーナの前にあった皿を自分へ寄せる…。

 さっきレオンに怒られて「ヤバいヤバい早く食べなきゃ」と思っていた矢先だったので。
 エルティーナは、流石に声には出さないが「えぇ〜まだ食べるよ〜」という不満顔でアレンを見たのだ。
 その可愛らしい様子にアレンは「くすっ」と笑う。

「エルティーナ様、大丈夫です。取り上げたり致しません。
 王宮で普段食べられている肉より少し固めですし、このナイフも切りにくいので、私が小さく切りますね。
 少し待っていてください」

 アレンは そう言って手早くエルティーナの小さな口に合わせて、一口大にステーキを切っていった。

(「あぁ……赤ちゃん扱い第四弾ですわ……」)エルティーナは、ガックシと肩を下げた。


 食事も終わり、ミダの店を出る。その時には絶対ソルドと目を合わさないようにした…。お兄様の機嫌が悪くなると困るからだ。

 例え身分を隠していても、馴れ馴れしく話をしすぎたのは、エルティーナも反省する所だと分かっていた。
 普通、一般市民が王族と話さない事くらい、当然知っていたからだ。エルティーナは、自分自身の自覚の無さに本気で呆れていた…。
 色々あったが、なんと言ってもミダの料理は最高だった!!お腹もはち切れんばかりだ……。

 そして店外に出てミダの店を見る。
 スイボルン・ガルダーのデザインした外観は、エルティーナの想像以上だった……。
 美しいだけじゃない、残酷なシーンも彫り込まれ描かれたミダの外壁…。


 エルティーナは今の自分が見るべきモノだと強く思う。
 甘やかされて育った自覚がある。優しい檻の中でエルティーナはぬくぬくと過ごしてきた。

(「アレンともお兄様とも、別れる未来はそう遠くない……」)

 フリゲルン伯爵家に嫁ぐまでに、王女として何かしたいとエルティーナは強く強く心に刻んだ。