「ミダは本当に素敵ね…ここの雰囲気を見ると…コーディン様の間かしら?? 流石はお兄様ですわ!! ミダの中でトップクラスに良いお部屋を用意してくれるだなんて感動です!! ありがとうございます。
 …はっ!? アレンごめんなさい!! いつまでも膝の上に乗っていて!!」

「いいえ。大丈夫です」

 エルティーナは、アレンの膝の上から降りるべく、今度こそ足をずらし地面につけた。もちろん恥ずかしくて、その間一切アレンの方を見る事は出来なかった。


「エル。先ほど注文はすませた。ミダは肉料理が美味しいと評判を聞いていたから肉料理を頼んだが良かったか? 嫌なら注文を変えるか?」

「大丈夫です。お肉料理が食べたいですわ。…お兄様…あの…」

「なんだ?」

「…また…お兄様に子供みたいと言われますが…チョコレートも頼んでいいでしょうか!! お腹が一杯でない時に食べたいです!」

「エルティーナ様。頼みましたので、ご安心くださいませ」

 隣に座ったアレンから、びっくりする答えが返ってきた。

「えっ!? 頼んでくれたの!?」

「もちろんです。エルティーナ様がどうしても食べたいと言われておりましたので、頼んでおきました」

「嬉しいわ!! 覚えていてくれたのね。アレンは記憶力も凄いわ。ありがとう!!」

 嬉しくて…嬉しくて、その嬉しさがエルティーナの胸を苦しめる。


 アレンが好きすぎて…苦しい。苦しくて…胸が痛い。
 エルティーナはアレンがつかえるほどの人間ではない。ただ身分が王女だから騎士として側にいるのだ…身の程はわきまえている…。
 早くエルティーナからアレンを解放しなくてはいけないのに…なかなか実行にうつせない。
 柔らかい檻の中があまりにも心地よくて…いつまでも囚われていたいと思ってしまう…。そう思い開き直っている自分が一番醜くて汚い。そして大嫌いだった。



 コンコン。「失礼致します」ソルドと他ミダのスタッフが部屋に入ってくる。

 素早く、色とりどりの野菜、飲み物、かるく摘めるパンなどが並んだ。
 最後にエルティーナの待っていたチョコレートだ。
 ソルドがチョコレートをテーブルの真ん中に置き、軽く礼をして部屋を出て行った。


「わぁぁぁ 綺麗…宝石みたいだわ…」

 エルティーナが感嘆の声を出したちょうどその時、アレンはチョコレートの皿ごとエルティーナの前に持ってきてくれた。

「アレン…、ありがとう」

 エルティーナはアレンの心遣いに、また胸に痛みが走った。息をするように優しくされると涙が出そうで堪らない。

「エルティーナ様、こちらは全てエルティーナ様の分です。選ぶ必要はございません」

「えっ!? 無理よ、いくら私でもこれ全部は食べられないわ」

「もちろん存じております。エルティーナ様はひと齧りづつ、口にしたら如何でしょうか? 残りは私が食べますのでご安心を」

「…ふぇっ!? えっっっ。ア、アレンに私の食べ掛けを渡すなんて、汚いし!!
 行儀悪いわ! 食べれる分だけ食べるから大丈夫よ!!」


「もうヤダ。もうヤダ」と発狂しそうだ、アレンの甘やかしは究極すぎる。
 赤ちゃんの時なら分かるが、大人になっては無理というもの。それ以前にアレンに申し訳無さ過ぎる…。
 今日で何度目かの、呆れるのを通りこして死んだ目をしたレオン。パトリックは口が開いており、フローレンスは目が血走っていた。


「エルティーナ様。はい、どうぞ」

「な、なぬぅぅぅ」

 アレンは爽やかに、チョコレートを摘んでエルティーナの口に持っていく。

 エルティーナはもうどうしたら良いか分からなくなっていた。何が目の前で起こっているのか、判断ができなくて軽くパニック。

(「うん? なんか、つい最近にこんな光景があったような…気がする…?」)

 と考えが違う方向にいった…為、アレンが差し出したチョコレートに自然に口を開いてしまい、チョコレートの三分の一くらいを噛んだ。

「………もぐもぐ…………美味しいわ!!! パリッてトロトロ。苺の味よ!!!」

 エルティーナのパニックの思考は止まり、口一杯にチョコレートの味が広がった。

 先ほどの事は頭から忘れ、美味しいわ。美味しわ。と言ってふわふわしながらアレンを見る。
 すると、アレンは優しくエルティーナに微笑みかけてきた。

 綺麗で美しい見目のアレンからは想像できない、骨張った男性らしい長い指にエルティーナが齧ったチョコレートがある。

 そのチョコレートの行方は…。

 アレンの形の良い薄い唇が開き、チョコレートがその中に入る。
 ただ物を食べるだけの行動でさえ魅力的。まるで愛を囁いているのか? と思わす色気たっぷりの姿は我を忘れ魅入ってしまう。

 うっとり見ていた…が覚醒したエルティーナは、また声をあげてしまう。


「ぃやぁぁぁっ!! 何で食べるのぉぉ!! 汚いし信じられないっ!!」

 顔を真っ赤にして、涙目でアレンに訴えかける。
 そんなエルティーナを、慈愛に満ち優しく包み込むような表情で見つめ、アレンは口を開く。

「エルティーナ様。せっかくミダに来たのです、全ての味を召し上がってください。この先、食べれるかどうか分からないですよ」

「うぅぅぅ。食べたいけど…。そうじゃなくて。そう…じゃなくて…汚いわ…齧ったらその…チョコレートに…唾液がつくし。
 それをアレンが食べる必要はないという事!!」

(「あぁぁぁぁ。アレンの馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。乙女に言わせないでよ!!
 もう、アレンの馬鹿ぁーーーー!!!」)

 エルティーナは心の中で名一杯悪態をついた。


「エルティーナ様。唾液は別に汚くはないです。口付けをしたら普通に付きますし」

 思ってもないアレンの言葉にエルティーナのみならず周りが絶句。
 また叫びそうなエルティーナを黙らすためレオンが口をひらく。


「そこまでだ、エル。店の中で騒ぐな」

「お兄様!」エルティーナは必死。しかしレオンの反応は薄い。

「エル。今更、気にするな。大の大人が抱っこされて気持ち良くて思わず寝る。
 なかなか起きずに、膝の上で寝続ける。もう十分赤ん坊だ。
 この先、赤ん坊扱いが一つ二つ増えた所で、エルの評価は底辺だ。
 アレンが構わないと言っているんだ。嫌がるくらいべっとり唾液をつけてやれ」

「ぅな!!」

 レオンの核心をつく物言いに、エルティーナは言葉がでない。

「レオンの言う通り。私は全く気になりません」

(「うぅぅぅぅ………。どうせ赤ん坊ですよ!! ふんっ!!!」)

 アレンも兄様分からずやだ。エルティーナは心の中で言い訳をする。いいわよ。いいわよ。そういうなら、全部ちょこっと齧ってチョコレート食べるから!! もうっ!!
 エルティーナがいくら騎士として つかえている主人だからとて、恋人でもない人の唾液がついているチョコレートを食べるのは、あまりにもアレンが可哀想だ。
 乙女心に蓋をし、恥を忍んで言ったのに伝わっていない。

(「……もう一個。…もぐ…もう一個…もぐ……もぐ…。もぐ…。
 あぁ〜やっぱり美味しいチョコレートだわ……」)

 怒りながらチョコレートを食べ続けるエルティーナは、ふと気づく。口付けは唾液が付く………。
 チョコレートは十一種あるから、十一回もアレンとキスした事になる。なんたる奇跡、素敵で最高なアクシデントを堪能しようと意気込む。

 エルティーナは気持ちを切り替えて、アレンに目を向けると、ちょうどエルティーナの齧りかけチョコレートを食べていた。

(「……うぅぅぅぅ………あんな色気たっぷりにチョコレートを食べる必要があるの???
 あぁぁぁぁ〜。
 今朝のスープを飲んだ時を思い出す〜やばい!!また気絶する!!………。考えるな!!私!!!」)

 妄想に終止符を打ち、ちらっとアレンを盗み見る。

(「アレンは本当に格好良いなぁ…」)


 エルティーナは、最後のチョコレートをひと齧りし…思う。
 この先、きっと…アレン以上に好きになる人はできないだろうなぁ…と……。

 口に甘く広がるミダのチョコレートを味わいながら、エルティーナは小さく呟く。

「ふふふ…私の…最後の晩餐は…チョコレートがいい……な……」


 そう遠くない未来。

『アレンにもらったチョコレート、我慢しないで食べれば良かった』と後悔しながら命を終えるとは、エルティーナはまだ知るよしもなかった。