「レオン様、お会いできて良かったです。かなり探しました。ミダに行かれたと思い、我々もミダに行きましたら、まだいらっしゃらないと言われ…。焦りましたよ」

「ほぅ…。で、そこで離れて俺達を鑑賞していたということか」

「鑑賞なんて!! 滅相もございません。なっ、パトリック」

「もちろんです! とても異様な光景でしたので、近づけなかったのです」

「おい。パトリック!!」
 パトリックの失言にフローレンスは思わずつっこむ。


「パトリック様もフローレンス様も、いらっしゃったのね。気づかなくて申し訳ありません…」

「エルティーナ様!! やめてください!! あと、我々に〈様〉は入りませんので! 是非、呼び捨てで!!」

「わかりました。では、パトリック。フローレンス。と呼びますね。
 私は殿方の知り合いがほとんどいないので、とても嬉しいです!! 今日は防波堤壁画を生で見れて、素敵な友人もでき、そしてミダにも行ける!! 嬉しい事ばかりですわ」


 嬉しくてたまらないのか、エルティーナの身体は左右に揺れている。見ているだけで癒されるエルティーナにレオンも自然と微笑む。

「良かったな。エルの嬉しそうな姿は俺も嬉しい」

「ありがとうございます、お兄様!! 独身最後の生活を謳歌いたしますわ!!」

「…ああ、エルは利口だな。幸せになれよ」

 レオンはあえて、肯定も否定もせず、エルティーナの淡い金色の頭をポンポンと叩く。


 五人は楽しく話をしながらミダに向かって歩いていく。
 何人もの人がアレンを見て、お兄様を見て振り返る。
 それを目にするたびエルティーナは誇らしい気分になった。

(「アレンがお兄様が、見目が良いのは誰が見ても分かる。
 でも二人は決して見た目だけじゃない。アレンは騎士として優秀だし、お兄様は賢王としての器がある…」)

 だんだんと、遠くなる十二神の防波堤壁画をエルティーナはもう一度振り返り、神々に願いを込める。

『この国がいつまでも、平和でありますように。
 私みたいな、何もできない、ちっぽけな存在に頼まれても仕方がないと思います。けど…
 今 この時に生きている事を感謝いたします』


「エル??」

「何でもないです、お兄様! ミダに着いたらまずはチョコレートですわ!!」

「昼飯の前に、菓子を食べるのか??」

「はい!」

「エルの胃袋は変だな」

「変だなんて失礼ですわ! そんな事を言うお兄様には、こうだわ!!」

 エルティーナは、全体重をかけてレオンの腰に抱きついた。といより巻き付いた。
 そして、してやったりという顔でレオンを見上げる。

「エルは、反抗の仕方がいちいち可愛らしいな。よっと」

「ぃきゃっ!!」

 レオンは、自分に巻きついているエルティーナのウエストをグイッと掴み持ち上げた。
 びっくりするエルティーナに微笑みかけ、膝裏に手をそえて抱え直し、エルティーナの上半身を柔らかく抱きしめた。

 今はレオンよりエルティーナの方が頭一つ分高い。
 見た事のない高さ。
 見る位置が違うだけで全く違う世界だった。

 いつまでも、怖がっていてなかなか先に踏み出せないエルティーナ…。
 兄は、そんなエルティーナにいつも道を示してくれる。兄の何気ない行動一つ一つが色々気づかせてくれる。

 (「フリゲルン伯爵…いえ…レイモンド様と共に歩んでいけるように…。私にできる何かを探すわ。お兄様」)

 エルティーナはレオンの肩に手を置き、ボルタージュ国の太陽神がおわす、大きく広がる青空を見上げる。
 この場で今一度生まれ変わった気がした。



「さぁ。もうすぐ着くぞ。ミダに着いたら好きなだけ食べろ」

「…お、お兄様。あのそろそろ降ろしていただけませんか…恥ずかしです…」

「いやいや。せっかくだから、このまま抱いててやるよ。いい気分だろ」

「いたたまれませんわ…」

 エルティーナとレオンが、そんなやりとりをしていると…。

「うん?? アレン、なんだ??」

 レオンの前方にアレンが立ちはだかったのだ。

「レオンばかりずるいな。ですので、ここからは私が」

「っふぇぇ!?」

 エルティーナはレオンから思っ切り引き剥がされる。
 びっくりしてレオンの肩に添えていた手が離れる。落ちる!!! と思った瞬間、甘い匂いが鼻をくすぐる。

 閉じていた瞳をあけると、麗しいアレンの顔が至近距離に!!!
 絶句!!!!

「レオンばかりずるいです。ミダに着くまでは、私が抱いていてもよろしいでしょうか。エルティーナ様」

 お人形みたいにカクカクと頭を縦に振り、今の状況に発狂する!!!

(「はじめてよ!! はじめてよ!!!
 アレンに抱っこしてもらっているわぁぁぁぁ!!!
 何これ。私の夢!? 白昼夢!? 」)

 エルティーナがあたふたしている最中、レオンは呆れ顔。パトリックとフローレンスは目が飛び出ていた。皆のぶっ飛んだ表情で少し冷静になったエルティーナは、この状況を素直に喜ぶ。

(「そっかぁ…嘘みたいな現実が今、起こっているのね…。堪能しなくちゃ」)

 エルティーナは落ちないように(アレンが落とすわけがないが)アレンの首に腕を回す。顔をアレンの肩口に入れたら、もう恥ずかしくない…顔が見えないから…。

 アレンの甘い匂いを感じながら、好きな気持ちがばれませんように。ばれませんように。と念じる…。

 林檎のように真っ赤になった頬を、アレンの髪に押し付ける。

(「最後だから…最後だから…気づかないで…」)と言い訳をしながら。