「お兄様。お兄様。何処にいくか決まっているのですか?」

 エルティーナは大きなブラウンの瞳をキラキラさせながら、レオンの精悍な横顔を見上げる。

「ああ、決まっている。《ミダ》に行こうと思う。ただ、エルは先ほどスープを飲んで腹がいっぱいだろう。ミダに行くのはもう少し後にしよう」

「うそっ!! 《ミダ》ですって!! キャーっ素敵です!!!
 お店の外壁全てが、あの稀代の芸術家、スイボルン・ガルダーが手がけている美しい外観、まさに天国という場所で!!
 女性が男性に愛の告白をしてもらいたいと有名な場所で!!
 世界各国の珍しいチョコレートを味わえる場所で!!
 何ヶ月も前から予約をしなくては入店できなくて、店員さんが美しい殿方ばかりで眼福もの!! 涎もので!!!
 給仕にもランクがあって、最低限のマナーは勿論の事、なんとその基準が見目が麗しいか否か。の《ミダ》ですわよね!!お兄様!!」

「…………うん…よく一息で喋りきったな、エル…。凄い肺活量だ」

「お兄様!! そんな感想いりません! ミダの名前を聞いて、クールなお兄様がおかしいのですわ!!」

「そう怒るな。俺は ただ食事をする場所に、エルほどの情熱を向けられないだけだ。どうしても、外壁や街道、橋、などは使えるか? 使えないか? 耐え得るか? 耐え得ないか?で判断してしまう。
 どんなに美しい外壁でも強度がなければ、俺にはただのガラクタにしか思えない。職業病か…。
 まぁエルの情熱には若干引くが、素敵な感性だとは思うよ」

「……お兄様……。
 …この国に住まう人達は幸せですね。だってお兄様がいますもの!!
 お父様も素晴らしいとは思いますが、お兄様ほどとは思いません。お兄様は絶対、歴史に名を残す方だと分かります。
 お兄様と同じ時代に生まれる事ができて、私は神に感謝致しますわ」

「ありがとう。エル」

 レオンは、己の左腕に巻きついているエルに微笑み、あいている反対側の手でエルティーナの柔らかい金色の髪を愛おしく撫でた。

「えへへへ…」

 エルティーナは髪を撫でられながら、大好きな兄が素晴らしくて、文句のつけようがなく。本当に誇らしと思った。


「っアレン!!」

 エルティーナは兄の背後に、こちらへ歩いてくるアレンを見つけた。
 これ以上、兄に頭を撫でられるのが恥ずかしくて…、その恥ずかしさを誤魔化す為にアレンの名前を呼び大きく手を振った。

「エルティーナ様。お待たせ致しました」

「アレン。パトリック様とフローレンス様は?」

「あの二人は、馬を預けに行きました。落ち合う場所は知っているので大丈夫ですよ」

「あぁ、二人はエルと違って迷子になる心配はないな」

「ふんっ。大丈夫です! お兄様の腕を掴んでいますから迷子になる心配なしです」

 天使のような可愛らしい声で、偉そうに言ってみても無駄である。
 エルティーナが胸を張って言う姿があまりにも可愛くて、アレンもレオンも思わず表情が緩む。

 そんな三人の様は、そこだけが神話の中の楽園そのものだ。
 行き交う人々は、皆 足を止める…。美しい街並みに描かれた絵画のような光景に、ただただ息を止めるのであった。


「エル。先ほどの話の続きだが、ミダに行く前にスイボルン・ガルダーの防波堤壁画を見に行くか? 本物が見たいだろう?」

「えっ!? あっ……えぇ…」

 煮え切らないエルティーナの反応にレオンは疑問を抱く。

「……エル? 見に行きたくないのか?? ミダの外壁云々も熱く語っていたし、いつもスイボルン・ガルダーの壺を見て、ニマニマしているじゃないか」

「なっ…お、お兄様いつから、知って……」

「……隠していたつもりか……。分かりやすい奴だな…。城の人間は皆、エルの趣味は知っている」

(「嫌ぁ〜!!!」)

 どうしてか、自分の恥ずかし趣味を他人が知っていたという…、知られていたという事実が恥ずかしくて、エルティーナは肩を落とし可哀想なくらい絶望していた。

「エルティーナ様。美しいものを愛でるのは、恥ずかしい事ではございません。
 私はあまり壺やら、絵画などは分かりませんが、それらをキラキラとした瞳でご覧になるエルティーナ様を愛でるのは、何よりも大好きですから。
 美しいものを愛でる気持ちは、私も同じです」

「ふぇっ!?」「………おい……」

 エルティーナは顔と言わず耳やら首まで真っ赤にし、小さな口をパクパクしている。

 アレンが変だ!! アレンが変である!? 何故!? エルティーナに対し今までも甘々だったが、今日は一段と甘さが凄い。
 色気を飛ばしながらの甘ったるい声色は、もう耐えられないレベルだ。


(「う〜。また、気絶しちゃいそう」)

「エル! かえってこい!!」

 レオンはエルの顔を優しく掴み、柔らかい頬を もにゅもにゅ 揉んだ。
 頬を叩いたら、またアレンの馬鹿力に腕を捻り上げられるからだ…。

 レオンは覚醒したエルを軽く小脇に抱え、アレンに呆れながら忠告する。

「……アレン。所構わずエルを気絶させないでくれ…」

「心外だ。正直に言ったまでだ」

「……お前は…エルと話している時と、その他とでは違いがあり過ぎて、もはや二重人格だぞ。…でエル、行かないのか?」

「お兄様……あの…とても嬉しいのですが、防波堤壁画はパトリック様とフローレンス様と行きます…」

「はあっ? 何故あの二人と!?」
「如何言う理由でしょうか!?」


(「ギャーーー!! お兄様とアレンが怖いわ」)

「…あっと。決してお兄様とアレンと一緒に行きたくない訳ではないです。…ただ…きっと…間違いなく見物客や他国からの観光客の方に拝まれますわよ。
 …前々から思っていたのですが…お兄様とアレンって《コーディン神とツリィバ神》に…凄く…凄く…凄く凄く凄く凄く似ているんですぅーーー!!!!
 そう!! 太陽神の両腕とされている十二神のツートップ、コーディン様とツリィバ様!!! 神話の中でもダントツに人気の神様なんです!! 乙女の憧れ!!! もがっ………」


 エルティーナはレオンに口を塞がれた。

「分かった! 分かった! エル、声がでかい。話の途中から何かに憑かれているんじゃないかと思ったぞ……」

「うっ……興奮してごめんなさい…」

「なるほど。だからレオンと一緒にいる時、ほぼ百パーセントの確率で拝まれるのは、それが原因ですね。
 エルティーナ様のおかげで疑問が解けました。ありがとうございます」

 相変わらずアレンは、エルティーナを攻めない。それがいっそ清々しい。

「エルティーナ様、以前にも申しましたが。私は別に拝まれる事は気にしておりません。人様を幸せにできる事は、騎士として誇らしいと感じます」

「まぁ! 流石だわ!! アレンは騎士の鏡ね。アレンは見た目も神様みたいだけど内面も神様ね。
 でも優しい所はツリィバ様と違うわ。だってツリィバ様は、冷酷無比の氷の神だから。アレンはどちらかというと春の神様みたいですもの!」

 エルティーナは嬉しそうにアレンと見つめ合っている。

(「…エル…お前は騙されている…アレンは中身もツリィバ神に似ている……。春の神に失礼だぞ」)

 レオンは口には出さず、エルに心の中で突っ込んだ。

「それでね、お兄様!! お兄様に似ているコーディン様は、炎の神様なの。
 あらゆる物を焼き尽くす、身も、心も。彼にかかれば老若男女向かう所敵なし 。
 自分に酔わせて落とす。十二神きっての色男なの。いつも色気たっぷりのお兄様にそっくりだわ!!」

「……エル……なぜかちっとも褒められた気がしないのだが……」

「え? 褒めてますわ??」

「流石、エルティーナ様。知識豊富でいらっしゃる」

「………もういい。お前達と話していると疲れる」

「まぁっ。失礼しちゃうわ」「ええ。失礼ですね」

「…………………」
 レオンは、息ぴったりの二人を睨む。

「エルティーナ様。せっかくですので、防波堤壁画を見に行きましょう。
 ああ、レオンはここでパトリックとフローレンスを待っていてかまいませんよ。私とエルティーナ様、二人で行ってきますので」

「……行かないとはいってないだろ」


「素敵! 素敵!! 素敵!!! アレンとお兄様と一緒に行けるのね!!! やったあぁ!!!」

 嬉し過ぎてエルティーナはその場で飛び跳ねる。
 柔らかい髪がふわっと持ち上がり、爽やかなストライプワンピースにも空気が入る。
 まるで、この場に天使が舞い降りたかのようであった。

 またも超絶可愛い仕草に、レオンもアレンもノックアウトである。


 レオンは照れながら顎のあたりをかいているし、アレンは口元を手で隠し明後日の方角を見ている。

 嬉しさいっぱいのエルティーナは、二人の珍しい表情には全く気づかないのであった。