ボルタージュ王都メルカ。
 城をつなぐ道は、王城を中心に螺旋状に張り巡らされており、国の真ん中をはしる大河は〝ほぼ〟一年中、穏やかに流れている。

 唯一雨季の時期は川の水位があがる為、対策として強固な防波堤が建てられていた。

 そしてその防波堤は、各都市ごとに色やデザインが違っており、雨季の時期は人の命を守る防波堤であり、それ以外の時期は観賞用となり、都市のテーマにそって美しい彫り物があしらわれる芸術の都となっていた。

 その中でも、王城がある都メルカの防波堤壁画は、太陽神を支える神とされている十二の神々が躍動感たっぷりに彫りこまれていた。

 それは見るものを虜にし、それに魅せられた人々は跪き祈り拝んでしまう。
 そのような光景が当たり前に見られる場所でもあった。

 王都メルカのシンボルと言うべき防波堤壁画は、今は亡き芸術家、スイボルン・ガルダーの最後の作品とされており、百年たった今でも人々を魅了し続けている。
 その一方で、メルカは貴族達の社交の場ともなっており、治安が良く『女子供が一人で歩ける町』とも言われていた。

 常に騎士が交代で見張りをしている都市、それが『メルカ』であった。



「お待たせ致しました!」と、エルティーナは門の前で待っていたアレンとレオンに、フルールに文句無しの美しさと言われた挨拶をしてみせた。

「いえ、待っておりませんよ。相変わらずエルティーナ様は用意が早くていらっしゃるので驚きます」

「ああ。エルは何をしなくても、抜群に可愛らしいからな。宝飾品など必要ない」

 まるで息をするようにエルティーナを褒めるアレンとレオンに、簡単に心を持っていかれる。

アレンのキラキラと、兄のキラキラが眩しくて目が開けていられない。美し過ぎる彼らの存在はエルティーナの心臓に負担をかけてくる。
嬉しいのに苦しいというアンバランスな心に押しつぶされそうになるのだ。

 もちろん例えお世辞であろうと大好きな彼らに「可愛い」と言われれば嬉しくないはずはない。


「では、行くか」
「行きましょうか」

(「ま、まぶしいわ!!! 」)

エルティーナにだけに投げかけられた甘い声色。思わずさっと拝みそうになる。

そう彼らこそが、太陽神の両腕とされている十二神のツートップ。コーディン神とツリィバ神みたいなのだ。
「これを、拝まないでなんかいられないわ!!」と力説したいエルティーナだがアレンはいいと言ったが、兄レオンは嫌がっている。人様に嫌なことを強要するべきではない。と教え込まれているからこそ、拝むのはやめる。
 しかし……街におりたら、確実に拝まれるだろうと思う。いくら平民の姿であっても煌びやかさまでは隠せないからだ。大丈夫か…と心配がよぎる。

 疑問を脳内で処理していて、はじめてエルティーナはアレンとレオン以外の人がいるのに気づく。


「あなた方も、一緒に行かれるんですか?」

 エルティーナは、レオンの背後にいた二人の男性に声をかけた。


「申し遅れました。私はパトリック・ベクターと申します」

「私はフローレンス・ジェルダと申します。アレン様もいらっしゃいますし。レオン殿下に護衛は必要ないのです…十分お強いので。しかし護衛を全くつけない訳には参りませんでしたので、姫様、申し訳ございません。私達も御同行お許し頂きたい」

「こちらこそ、すぐにご挨拶をすべきでしたのに…申し訳ありません。今日一日よろしくお願いします」

 エルティーナはもう一度心をこめて二人に挨拶をしたのだった。


 エルティーナの前には、美しい軍馬が見える。馬車を引く用の馬とは、明らかに種類が違うと分かる。
 馬車を引く用は、ブラウンの毛並みにクリーム色の鬣。足や胴も太く、蹄もエルティーナの顔くらい大きい。
 だがアレンらがひいている軍馬は、教会に描かれている天馬のようであった。

 アレンの側に立つ軍馬は、アレンと対になるような、純白の馬。
 鬣はシルバーブルー。足は長く、筋肉のバランスが素晴らしい。首から肩にかけて筋肉がもりあがり、肩から胴にかけては美しくくびれている。
 後ろ足の圧巻の曲線美を見れば、力強く走る様が容易に想像できた。


「美しいわ……」
 エルティーナは、ほぅ〜と息を吐いた。

「そうですね。彼は美しい馬です。瞬発力にはかけますが、持久力では他の馬に負けませんよ」

「馬にも色々あるのね。お兄様の馬は黒馬ですしね。黒馬もとても綺麗だけど、私は白馬の方が好き!!
 だって、乙女の憧れはやっぱり、白馬の王子様ですもの。この白馬は、アレンみたいでとっても美しいわ!!」

 無邪気にエルティーナは笑う。


 そんなエルティーナを見て、アレンは出来るわけがないにも関わらず、抱きしめたくなっていた。

 エルティーナは気づいていないが、アレンは護衛をしている時でも、エルティーナに触れる事は一切無い。
 手をとる事さえしない様に心がけてきたのだ。
 彼女を〝私自身〟から守る為に……。


 先日の舞踏会でエルティーナの相手は、ほぼフリゲルン伯爵に降嫁で決定となった。
 アレンにとって、エルティーナの護衛騎士を受けた時から、いつかは…という覚悟はあった。…だが、決して平気なわけではない。

 エルティーナの評価が例え兄であるレオンと同じでも、アレンは色素が抜け落ちたこの見た目を「大好き」と話したエルティーナの言葉を何よりも大切にそして愛しく思っていた……。

 アレンの見た目は、病を抑えるための薬漬けの毎日からなるもだ。
 あまりの薬の多量摂取で、身体の色素がなくなってきてなるもので、辛い幼少期を嫌でも思い出させる。
 嫌悪しか抱かなかった容姿。十一年前にエルティーナに出会い、それはアレンにとってはじめて誇れるものになった。

 エルティーナが綺麗な髪。綺麗な肌。綺麗な瞳。とアレンに話すたび、彼の心は喜び震え上がる。
 ベッドの上で死だけを待っていたあの時が、アレンにとって最上の宝物に思えてくる瞬間だった。

(「エル様…、エル様にとって私は美術品で構わない。そうでありたい。
 どのような形であっても、貴女の特別で私はありたい………」)

 触れることが出来なくとも、このアメジストの瞳にエルティーナを映せるのは、アレンにとって今できる最大級の喜びだった。