「お兄様っ!! おはようございます!!」

「エル、おはよう!」
柔らかい身体を感じた後、鼻腔にローズの香りが広がる。


エルティーナはレオンを見つけ、走り出しそのままの勢いで抱きついたのだ。
会うのは本当に久しぶりで、二週間ぶりだった。

「お兄様!! 今日も神がかった美しさです!! いつにも増してキラッキラッですわ!! なんて素敵なの!! 大っ好きです!!…今日はお休みなんですか?」

ひとしきりレオンを褒めた後、やっと質問を口にのせる。


「あぁ、休みだ。エルは今から朝食か?」

「はい。グラハの間に向かう所ですわ。お兄様、朝食はまだですか?」

「まだ、今からだ。一緒に行こう」

「やったぁ!! 今日は素敵な日だわ、お兄様と久しぶりに朝食を一緒に出来るなんて。最高です!!
どんなお料理でも、お兄様と一緒に食べるだけで、楽園の食べ物に変わります!!!」

「あははは、エルは可愛いな。……では、、、行きましょうか?お姫様?」

「まぁ!!えぇ、連れて行ってくださいませ。王子様!!」


エルティーナはすっと手を出す。レオンは手をとり軽く甲に口付けを落とす。
わざとらしい掛け合いを楽しみながら、レオンとエルティーナは手をつなぎグラハの間に向かう。

戯れている麗しい兄妹を見ながら、侍女や侍従は「ほうっ……」と息を吐く。二人が揃うだけで、そこは神々の楽園になる。



同じ朝、、、
アレンは早く目覚め、騎士演習場で一汗流していた。

自室に戻るところで、エルマンとジルベールから声をかけられる。


「アレン! おはよう!! 今日も麗しいな、眩しいよ!!」

朝から軽そうなエルマンに若干顔が歪む。(「朝から面倒なのに捕まった」)とアレンが思っていると……。

「アレン、話がある」

声をかけられ用事があるのが、ジルベールというのに驚く。寡黙でアレン同様あまり話さないジルベールがアレンに話があるなんて、初めてではないか? と感じる。


「……なんだ、話とは」

「ひとまず、食堂に行こう? 朝食はまだだろう?そこで話す」
ジルベールの誘いにのって三人で食堂に向かう。


軽い食事がテーブルに並んだところで、ゆっくり食事が始まる。

「あぁ〜〜食べる姿も、なんて美しいんだ〜〜」

「………。私に用事があるのはジルベールだろう。何故エルマンも一緒にいる?」

「俺はアレンを愛でにきただけ、気にしないでくれ。今日の女性との約束は昼過ぎからなんだ。暇だから来た。
しっかし、こうやってアレンを見ていたら、どうしても女性と比べてしまうな……断然君の方が綺麗だし、美しいからね。余程の自信があるものじゃなければ、隣に並ぶのには躊躇するだろうね」

うっとりとした顔で見つめてくるエルマンを丸無視しながら、食事を続ける。勿論、エルマンの戯言にはジルベールも無視だ。

「アレン、聞きたい事とは。昨日レオンが見せた絵姿についてだ」

思ってもみなかった内容で、食事をする手が思わず止まってしまう。

「単刀直入に聞く。あの令嬢、お前は知っているか??
見習い騎士の中では家名や身分は言わない掟だと、分かっている。しかしな、そんな事を頑なに守っているのはレオンとアレンくらいだ。
俺たちはもう騎士の称号を貰える。卒業だ。
もう話しても構わないだろう?
俺は貴族じゃないからな、自分の才能をみせる為には、貴族との繋がりがほしい。
そして、どう考えてもお前達……レオンとアレンは他とは別格だ。かなり上流階級だろう。俺は、そこそこ階級のある令嬢と結婚したいと思っている。
昨日の絵姿の令嬢は、俺的にはありだ、、、。
レオンの遠縁なら文句無いし、見た目も身体も合格だ。多少年齢は離れているが、子供を産む必要がある女は、若いのに越したことはない。俺は、あの令嬢を狙う」

いつになく饒舌なジルベールの真剣な態度に、アレンは苛立ちを隠せないでいた。


(「エルティーナ様を、ただのお飾り。子供を産む道具のように言うとはな、悪気がないのだろうが、殺意がわく……」)

「ジルベールの言いたい事は分かった。私は絵姿の令嬢は知らない。会った事もない。だがな、私に話すのではなくレオンに言うべきだろう。
……私には関係ない」

「アレン、しらばっくれるな。関係ない訳がない。あの場で絵姿を見せたのは婿探しか。……まだ少女だから護衛騎士探しか。どちらかだろう。そして、レオンのあの態度、どう考えてもお前が第一候補だ。
だから、釘を刺しにきた。俺はあの子が欲しい。恥も承知。レオンから護衛騎士の話が出たら断ってほしい。頼む、、、」

ジルベールはアレンを見つめた後、静かに頭を下げた。ジルベールの真剣な態度には、心を打たれはしたが「Yes」とは言えない。
エルティーナ様だけは、彼女だけは譲る気はない。自分の全てをかけて、命を削りここまで来た。

それとは別に、ジルベールに対し誤魔化さないのが、騎士の理だともアレンは感じた。

誠実な気持ちで返答するからにはと、持っていたスプーンを置いて、ジルベールを見据える。

「答えはNoだ」

「アレン!!!」

「ジルベール、これだけは譲れない。レオンがあの令嬢の護衛騎士に私を推薦するなら、絶対に断らない。
申し訳ないが、……出会った事はないが、彼女が誰かは知っている。婿云々では、あの令嬢自身に興味はないが、護衛騎士としてなら断らない。すまない」

ジルベールに対し、今度はアレンが頭を下げる。


「………そうか。分かった。
……変な事を話したな……忘れてくれ。気にしないでいい」

「ジルベール、別にあの絵姿の令嬢ではなく。今すぐ結婚願望がある令嬢を、射止めたらいいのでは?」

アレンは、落ち込むジルベールに理由を聞きたくて、終わった話をもう一度掘り返す。

「……俺の年齢的に、それが一番いいのは分かっていても、騎士見習いがやっと終わったところの若造が、いきなり貴族の舞踏会や晩餐会に出席は出来ない。……ツテがないとな」

苦笑しながら、前髪を上げるジルベールに、アレンは軽く笑みを浮かべる。
初めて見るアレンの柔らかい表情に、ジルベールも静かに聞いていたエルマンも、魅入られ固まってしまう。

「では、私の名前を出せばいい。騎士の称号を貰うのはひと月後だ。
それからだと遅い。社交界シーズンは今から始まる、もう何処で開催するか、ある程度は決まっているだろう。すぐに、舞踏会や晩餐会に出席の意向を伝えたらいい」

アレンの協力的な態度に唖然とする二人。

「……いいのか??」

「ああ、構わない。ジルベールの騎士としての腕も頭脳も分かっているからな。是非、ボルタージュ国に貢献してほしい」

「なんか、上からな言葉だね?……まぁね、レオンもアレンもそれなりの身分ですって雰囲気が隠しきれてないからね。何を言われても腹が立たないし、驚かない」

エルマンがにっこり笑いながら、少し冷めた紅茶に口をつける。


「ふんっ、態度がでかいか? 今後気をつける。ジルベール。
私の名前はアレン・メルタージュだ。メルタージュの家名を使って、私と友人だといって申し込めばいい。メルタージュ家は弟に継いでもらうつもりだが、それをまだ王家に伝えてないからな。書類上、メルタージュ家の嫡子はまだ私だ。
メルタージュ家の名を出して、断る貴族はいないだろうからな。大いに使ってくれ。ジルベールの名で来たものは全て了承とハンを押す。約束しよう」

目も口も開ききっている二人、、、。


「…メ…メルタージュだと?……現ボルタージュの宰相の息子!? 侯爵家の嫡子だったのか?……冗談だろう?」

ジルベールは呆然とアレンを見つめている。エルマンは寒さを感じたのか、腕をさすっている。


「あぁ〜……なんか、怖いよ〜アレンがメルタージュ侯爵家の嫡子だなんて。今まで知らなくて、良かった。もう変な事が言えない………
っていうと、レオンは、、、あぁぁぁぁぁ!!! 分かった、分かった!! いやぁぁぁぁ!!! し、心臓が痛い………」

「エルマンは知っていても、変わらなさそうだがな」

冷たいアレンの言葉に、エルマンは必死に首を横に振る。


「イヤイヤ、流石に下ネタは言わないし、セックスしようとは誘わないよ」

「……あからさまな発言は、止めろ」

アレンの冷酷な態度にビクッとなったエルマンの横で、ジルベールは先ほどよりも更に深く頭を下げる。


「アレン、ありがとう!! 名は使わせてもらう。必ずボルタージュの騎士として、国に貢献しよう!!」

「ジルベールは真面目だね?? あっと、そろそろ俺は女の子と遊びに行くよ。待ち合わせまでにプレゼント用意しなくちゃだから。
俺はお高くとまった令嬢より、町娘の方がいいからね!! じゃあ、また!!」

エルマンは楽しそうに、食堂を出ていく。
アレンとジルベールは残りの食事を片付け、席を立つ。