しばらく朝芳は、霧雨に煙る庭を眺めていた。
 最後に見た、綾の顔を思い浮かべる。

 綾が親子ほども歳の離れた殿様の元に去った後、綾の実家の船宿が、藩御用達になって事業を盛り返したと聞いた。
 他の船宿が、取引のあった廻船問屋を奪って行き、相当な経営難だったらしい。
 それが、綾の輿入れで一気に立て直しに成功した。

 また朝芳も、今でこそまだ大成していないが、将来きっと、立派な絵師になる。
 何もかも捨てるには惜しい才能があることを、綾は見抜いていた。

 綾は家のため、朝芳のために、泣く泣く朝芳を捨てた。
 変に未練が残らないよう、出来るだけ傷付けて去ったのだ。

 朝芳は絵筆を取った。
 綾はもう、そこにはいないが、見ないでも描ける。

 先程見た綾姫と、心の中の綾を重ね合わせ、朝芳は筆を滑らせた。