当時朝芳は、まだ名も売れない、江戸にごろごろいる絵師の一人にすぎなかった。
 師に見出されて本格的に絵を学び始めてはいたが、生活は苦しかった。

 少し有名になった今でも、豊かとは言い難い。
 まだ一本立ち出来るほどではないのだ。

 綾を連れて逃げたところで、たちまち生活に困ったであろうことは、想像に難くないが。

「結局お前は、俺より金を取った。金で身を売ったんだよ、お前は」

 初めて朝芳が、真っ直ぐに綾を見た。
 だがその口から出た言葉は、辛辣そのもの。

 綾は打たれたように固まり、やがて俯いたと思うと、さっと立ち上がって駆け去って行った。

 朝芳の描く美人画が、綾に似ているのは当然だ。
 どうしても、朝芳の心には綾の陰がある。
 意識していなくても、筆には現れるのだ。