黒猫は言いたいことを言ったのか大人しく椅子に腰掛ける。
「倭人……もういいよ。
ありがとう…
もう充分だよ」
私は黒猫を……ううん、倭人を宥めるように彼の肩に手を置いた。
涼子もそう言ってもらえたこと知ったらきっと嬉しいはずだよ。
でもなんだろう…溝口さんも本心でそんなことを言った気がしない。
彼は彼なりに何かを悩んでいる…そんな感じがした。
「ありがとう。帰ろう」
そう促すと黒猫は大人しく頷いて席を立ち上がった。
私たちが立ち上がっても溝口さんは顔を上げなかった。
ただテーブルの一点を見つめて、目を伏せている。
私はそんな彼に
「溝口さん、中途半端な気持ちで涼子を傷つけないでください。
涼子は、ああ見えて考え込む方だから。
それと、
今までと同じようにうちの研究室はあなたの会社とお付き合いしていきます。
今日あったことは私と溝口さんの個人的なことなので。
なので安心してください」
それだけ言うと溝口さんの肩がぴくりと動き、でも私たちがそのマンションを出るまで溝口さんは何も言ってくることはなかった。
マンションを出ると黒猫も普段通り。
「たこ焼き食いたくなったー」
とか、またもマイペース。
「たこ焼き?あんたさっき食べたばっかりでしょ?」と返すと
「育ちだ盛りの男子高生舐めんなよ」
「それ以上大きくなってどうすンの」
ちょっと言い返してやると、
「黒猫倭人は早く大きくなって朝都ちゃんを守りたいのー」
と、悪戯っぽく笑う。
「充分…」
私は黒猫の袖をちょっと引っ張った。
「充分だよ。
倭人の純粋な気持ちが
いつも私を守ってくれてる―――」